ラビは唖然と目の前の惨状を見つめていた。 ついさっきまで平和そのものだった村を突如包み込んだ火の手。 逃げ惑う人々。 そして、その中に紛れながら、次々と皮を脱ぎ捨てたアクマがその行く手を阻む。 叫び声が上がる。 大砲の音が耳を突く。 その騒乱の中、村の中心部に静かに微笑みながらたたずむ少女の姿はひどく目の前の現状からかけ離れて見えた。 あまりにも穢れがなく。 あまりにも優しくて。 それが逆に不気味さを感じさせられてならなかった。 目の前の状況を、うそだと叫んで目を閉じたいのに、 残念ながら記録をすることが染み付いた己の目と身体は 無意識にでも目の前の情景を記録するために動いている。 ふいに、目の端でその少女向かって走りよる影が見えた。 その影は勢い良く宙に飛び上がると、構えていた刀を上段から振り下ろす。 そのままいけば、間違いなく少女を真っ二つに切り裂くところだ。 しかし、狙われた少女は微笑をますます濃くするだけ。 「あ・・・」 突如、眩い光が辺りを包み込み、ラビは思わず目をつぶった。 恐る恐る目を開けると、自分の足元には先ほど少女に切りかかろうとしていた少年が倒れていた。 「神田!」 名を呼ぶが、少年はぴくりともせず、険しい顔のまま目をつぶっている。 急いで視線元に戻せば、こちらに向かって微笑む少女の姿。 「なんでさ・・・」 手が震える。 足元が崩れるような感覚がする。 うそだ、うそだと叫ぶ心がある。 ラビは自分の心を占領している感情が、怒りなのか悲しみなのかよく解らなくなっていた。 少女は微笑を濃くして、一歩、足音を立てずにラビに近づく。 「なんでだよ!!!」 ガバリとラビは跳ね起きた。 荒い息が部屋の中で響き、冷や汗が頬を伝う。 見回せば、そこはいつもリーブレーメ村に来たときに泊まらせてもらう部屋だった。 「ゆ、夢か・・・」 窓の外を見やれば、星の位置からまだ寝始めてそれほど時間がたっていないことが伺える。 「嫌なもん見た・・・」 重いため息が部屋の中に落ちた。 下ろしている前髪をかき上げ、少々荒くなった呼吸を整える。 「ただの夢・・・だもんな。」 もう一度ため息を漏らすと、ラビは眠る努力をするために再びベッドに横になった。 目を閉じる前に、もう一度だけ窓辺に目をやり、月明かりに照らされる黄色い花を見つめた。 不思議と穏やかになる気持ちを感じ取りながら、ラビは再び眠りの世界へと旅立った。 の朝は早い。 いや、早くなったと言うのが正しいだろう。 今の彼女は小鳥のさえずりと共に眼を覚ます。 こうなるようになってから、およそ3ヶ月。 なんと物音に敏感になったことか。 少しけだるく感じる体を引きずりながら、は手早く身仕度を整えると部屋の窓を開けた。 外はまだまだ夜に覆われている。 彼女が漏らした小さなため息に気づけるものなど、起きたばかりの小鳥たちくらいしかいないだろう。 少し明るくなるのを待ってからは森の入り口へと向かった。 辺りを警戒するように見回す。 祈るように胸元のペンダントを握り締め、なにもいないことを確認すると、ゆっくりと足を進めた。 まず、することは今日子供たちと通る道の確認。 は一定間隔進む毎になにか触れてはまたペンダントに手をやるという行為を繰り返していた。 不思議なことに、彼女が触れた樹や岩は一瞬だけ光を放った。 しかし、光が消えた後はなにか変わる訳ではなく、また普通の森の景色に戻る。 はそれを繰り返しながら今日の目的である木の実が成っている林にたどり着いた。 実の成り具合を確かめると、来たのとは違う道を使って帰路についた。 この時もは来るとき同様、森の中の様々な物に触れながら進む。 その動作はとても手馴れていて、きっと毎回その行為を繰り返しながら森に足を踏み入れているのだということが簡単に伺えた。 パキ。 いくらか先に進んだとき、ほんの僅かだが、確かになにかが木の枝を踏む音を耳が捉えた。 は慌てて振り向き身構えた。 なにも見えない。 でも、アイツ等は突然襲ってくることをは知っている。 は必死に五感を総動員させて辺りの様子を伺った。 ほんのわずかな時間が、ひどく長く感じた。 膠着した時は、茂みの中から一人の男が姿を現したことにより終わりを告げた。 「あなた、確かジュニアと一緒に居た人・・・」 その人物は不機嫌そうに舌打ちをするとそっぽを向いた。 後をつけていたことに気づかれた事実が苛立ちの原因らしい。 しかし、にそれが判るはずもないく、自然と、どうしたの?と問いかける声が小さくなった。 「別に。」 「・・・あまり一人で森に入らない方がいいわ。何があってもおかしくない。」 「お前はどうなんだ。」 「私はいいのよ。」 そういった後には俯き、また歩き出した。 「何をしている?」 「枝を拾ってるの。子供達と集めるだけだと足らなくって。折角だからあなたも手伝って。」 神田は、いらだたしげにため息を一つ漏らした。 村に再び戻ってきても、まだ辺りは静かだった。 ただ、何軒か煙突から煙が出始めていることが少しずつ村人たちが起き出していることを二人に伝えた。 神田はに倣ってその中をゆっくりと進んでいき、やがて村の中心部にたどり着いた。 彼女が向かっていたのはどうやら教会のようだ。 小さな教会の角を曲がればいくらか枝が積んである。 なるほど、そこならば皆平等に配りにいかなくとも必要なときに取りに来やすい。 二人は両腕に抱えた枝を積んであった山の中に加えた。 「ありがとう。力強いから助かった。」 礼を言っただったが、神田から特に返ってくる反応はなく、少し困った顔を浮かべた。 そこへタイミング良く、一人の男が現れた。 「!こんなとこに居たんか!」 「チッ。」 耳を掠めた黒髪の男の舌打ちは一旦聞かなかったことにする。 「おはよ。随分早起きね。」 「を驚かそうと早めに起きたんさ!なのにいねーんだもん!」 「そう。」 淡々と返ってくる返事。 胸の辺りがぎゅっと締め付けられる感覚を無視し、ラビはまた明るい声を発した。 「つーか、神田もなんでこんな早いんさ?しかも、と一緒。」 「森の中で会ったの。ついでに枝を拾うの手伝って貰ったのよ。」 「マジで?」 神田が誰かの手伝いをするとは、かなり驚くべき事実だ。 「苛められなかったか?」 「おい!」 「冗談だって!今度はオレも手伝うさ。」 「駄目。」 割り込むようにしては言った。 僅かに驚いた顔をした二人を無視して彼女はさらに続けた。 「その人にも言ったけど、森には入らないで。」 その瞳は有無は言わせないとでも言うようにまっすぐにラビを見つめていた。 「それじゃ、先に家に戻ってる。」 足早に帰るの背中はとても小さく見えた。 「・・・」 「おい。」 不機嫌な声に呼ばれて振り向けば、その声を発する人間だと容易に想像できる表情をした神田。 ラビは眼でなんだと問いかけた。 「この村の人間はいやに早起きだな。」 「のことか?」 確かに今朝のは、早起き過ぎるとも言われても過言ではない時間に起き出している。 それが、なにか気になるのだろうか? 「アイツ以外もだ。」 「どういうことさ?」 「森に入っていたのはあの女だけじゃねぇ。 他にも数人、アイツをつけるように男がいた。 大人のな。」 村の大人たちは森に入ることを避けていたはず。 そこから導き出される可能性は一つ。 「・・・アクマか。」 「充分可能性はあるな。」 しかし、ここでまた疑問が起こる。 「でも、なんでオレ等は襲われてねーんだ?」 自分たちが身にまとっているのは一目で黒の教団に属しているエクソシストであることを教える団服。 仮にアクマが近くにいるのであれば、村に着てから今までの間なんらかの接触があってもおかしくはない。 「さあな。様子を見ているだけか、別の理由があるのか・・・」 「用心するに越したことはないってことさね。」 「それと、もう一つ気になることがある。」 さらに言葉を続けた神田の瞳は、が立ち去った方向をまっすぐと睨みつけていた。 ラビはせっせと動き回るを見つめていた。 「なに?」 あまりにじっと見ていたせいだろう。 庭のハーブを積んだ籠を手にしてラビに声をかけてきた。 「いんや、なんでもないさ。手伝う。」 「いいよ、座ってて。」 「いーから。んで、なに作るんさ?」 「・・・塗り薬とハーブティー。」 「リョーカイ。」 快く承諾をして必要なハーブを選ぶ。 しかし、作業をしながらも頭の中を占めるのは先ほどの神田との会話だった。 「光った?」 「ああ。僅だが、あの女が触れた場所は一瞬光った。 どういう原理かは知らんがな。」 しかし、それは通常ならばあり得ないこと。 神田の話が本当ならば、は普通の人間ではないということになる。 「森で触れた箇所を光らせた目的がなんであれ、あの女がなんだかの能力を持っている可能性は否定できない。 アクマだと判明次第、俺は容赦なく破壊するからな。」 変に取り繕うことなくはっきりと発せられた言葉は神田なりの優しさか。 だが、突きつけられる現実がはっきりしていればいるほど、それはラビの心に深く突き刺さった。 「ジュニア。」 「あ?ワリィ、ボーッとしてたさ。」 笑顔で返事をすればはすっとその視線をそらし、また作業に戻った。 小さなため息を漏らしてラビがまたプチプチとハーブを収穫し始めると、作業の手を休めずにが話しかけてきた。 「なにかあった?」 「へ?」 「そんな顔してる。」 「心配してくれてんの?」 返ってきた無言は都合の良いように捉えることにする。 「オレはむしろお前の方が心配だけどな。」 試しに投げ掛けてみた言葉の反応を待つ。 しかし、相変わらず彼女は自分の目を見ようとはしてくれない。 言葉では言い様のない寂しさが胸を占める。 「言いたくねぇんなら仕方ねえさ。でも、話したくなったら言ってくんねえかな。」 今度の無言は、一体どっちの意味だったのだろうか。 ラビにはよく解らなかった。 すりすりすり 家に戻ってから手際よくハーブを洗い、それぞれの目的に応じての下準備をした後、 は予め用意していた必要な分の薬草を擂り器でを擦っていた。 ラビは近くの椅子に座り、その作業をじっと見つめる。 少し考えをまとめよう。 ラビは動くの手を見ながら思った。 村に来てみれば村人との間には深い溝ができている。 原因は村に突如現れるようになった「化け物」。 「化け物」はアクマであるとみてほぼ間違いないだろう。 アクマはどうやら森にのみ出現するようだ。 そのアクマと遭遇して無事だったのはと彼女と一緒に入った子供たちだけ。 今のところ、村に着いてからエクソシストである自分と神田はアクマに襲われていない。 そして、森の中に入りなにかをしているらしい。 ここまで考えても、やはりなにもわかっていない村人たちに聞くよりも 渦中にいる本人に話を聞くのが一番手っ取り早く今回の件を解決することができるだろう。 だが、本人は話すつもりは全くない様子。 彼女がこの件に関連して口にした言葉は一つだけ。 「『殺した。私のせいだ。』」 その瞬間、の手がピクリと反応した。 どうやら無意識に口にしてしまったらしい。 ラビは揺らぐの瞳を見ながらラビは思いきって言葉を続けた。 「村のヤツから少しだけ話を聞いたんさ。」 言葉を繋げれば繋げるほど、の手が震え、容器がカタカタと音をたてている。 「?」 呼び掛けても反応を示さない。 「どういう意味か、教えてくれないか?」 真剣な瞳を向けてくるラビ。 はそれに耐えきれず視線をそらした。 「悪い。から話すの待つっつたのに・・・でも、これだけ、これだけは答えて欲しいんさ。」 落ち着かせる為に肩に置いた手は同時に彼女が逃げ出すことを妨げた。 自分を見上げてくる瞳は恐怖と不安に揺れている。 「、はのままだよな?アクマなんかじゃないよな?」 何を聞いているんだ、と頭の端で指摘する自分がいる。 仮にがアクマだったとして、「はい、そうです」と正体を明かすわけがない。 「ごめんっ。」 突然は席をたち、ラビの手を振り切って玄関の方へ向かう。 「ちょっと忘れ物しちゃった。」 「あっ・・・」 バタン。 部屋に響いた音はやけに重く感じた。 「なにしてんだよ、オレ。」 溢れた言葉は、部屋の中に静かに消えていった。 「逃げてきちゃった。」 は自分がとった行動を後悔していた。 でも、仕方がなかったのだ。 あれ以上、色々と聞かれてしまったら、折角ギリギリのところで保っている全てが崩れてしまいそうだった。 「ダメ。それだけは絶対にダメ。」 ふと、目の端にひっそりと咲いているアザミをとらえた。 引き寄せられるように手を伸ばし、指先でその茎を撫でた。 チクチクとした感触が、にはどこか心地好く感じた。 「姉ちゃん!」 呼ばれた声に振り向けば子供たちがいた。 反射的に、手がアザミから離れる。 「どうしたの?」 「木の実採りにいこう!」 「うん、解った。」 は何事もない顔で予め用意していた籠を持つと、子供の手を握って森に向かった。 籠を持った手は、チリチリと痛んだ。 今日一緒に森に入る子供たちは3人。 は森の入り口で一度立ち止まると、子供たちと目線を合わせた。 「いい?森の中では?」 「手を離さない!」 「化け物が来たら?」 「光るところへ!」 「よし!じゃ、行こうか。」 もう一度子供たちの手を握り直し、は森の中に足を踏み入れた。 幸いにも、目的の場所まで何事もなく到着することができた一向。 と子供たちはせっせと木の実を籠に入れていった。 そろそろそれがいっぱいになる頃、は顔を上げて改めて子供たちの様子を確認した。 全員ちゃんといる。 森の様子も、今は特に問題はなさそうだ。 しかし、長居は無用。 は静かに立つと、子供たちに声をかけて来たときと同様に手を繋いだ。 森の様子が騒がしくなったのは、調度その時だった。 妙に耳につく静けさ。 ザワッと背中をかけずる悪寒。 それを察知して彼女が子供たちの背中を押すのと木々の上から小鳥たちが飛び立つのはほぼ同時だった。 |
<コメンツ> それぞれが抱く葛藤・・・ いろんなモヤモヤが集まって村の中の雰囲気も悪い状況です。 話し違いますがあざみってさりげなく痛いですよね。 何度か間違えて触っちゃって、後からずーっとチクチクするから後悔してました。 ちなみに花言葉は「独立」「厳格」「報復」「満足」「触れないで」「安心」だそうです・・・ すみません。間延びしないようにします!といっておきながら ガンガン間延びするみたいです。 すでに予定していた話数よりも大分長くなりそうで私もびっくりしています。 そしてどうしよう、神田が勝手に動く。 動かなくなった二人の代わりに神田が意味もなく動く。 こんなに行動力がある人だって知りませんでした。 いいやつだな神田、ありがとう。 ここまで読んでくださってありがとうございました! |
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