ラビはぼうっと空を見上げていた。
青く澄んだ空を小鳥が飛んでいく様は、まるで今の彼の心とは真逆だ。

「はは、今は全部濁ってるようにしか見えないさー。」

視線をしたに下げ、今度は村の様子を見る。
相変わらずのどかな村の日常が目の前には広がっている。
働いている大人たち、走り回る子供、日向で会話を交わす老人。

「仮そめの平和・・・さね。」

実際、この小さな村にも千年伯爵との戦争の影は忍び寄ってきている。
誰だってこんないつ崩れるかもわからない偽りの平和より、本当の意味のでの平和を求めているはず。

「それはも同じはずなんさ。例え、アイツが天使でも・・・アクマでも。」

割りきらなければならない。
それがこの戦争での暗黙の了解だ。
ここへ来る列車の中で何度もそれを確認して、自分に言い聞かせてきたではないか。
ラビはきつく目を閉じ、今一度自分に言い聞かせた。
夢で見た映像が頭を過る。
胸が押し潰されそうになる。
それでも、少しでも自分の決意がぶれないよう、強く強く手を握りしめた。

「破壊することになったら、責めてオレの手で・・・」

唸るように呟いた途端、森の方から一斉に鳥たちが飛び立った。

「なんだ!?」

ぎゃあぎゃあと叫ぶように鳴く様は明らかに普通ではない。
慌てて立ち上がったラビはその様子に目を見開いた。

「また、出たようだね。」

近くを通った村人はその方向をきつく睨み付けながら口にした。

「『出た?』」
「化け物だよ。」

村の様子を変えた元凶が、現れた。
ラビはそう理解すると、体が考えるよりも先に森に向けて動き出していた。

「どこへいくつもりだい!」
「森へ行くんさ!」
「バカをお言いでないよ!死ぬつもりかい!」
「でも!」
「それに、もうじき治まるよ。」
「え?」

耳にアクマ特有の大砲を発射する音が入る。
それに釣られて森を見れば、煙が立ち上っていた。

「やっぱりアクマか・・・」

上がっている黒い煙を睨み付け、今度こそ森へ走り出そうとしたその瞬間、煙の周りが突然光を放った。

「なんだ?」
だよ。」
?」

そう言えば、神田がが森の中で触れたものを光らせていたと言っていた。
だが、あの時聞いた話の印象では手が触れる僅かな範囲のみが光を放っていたと思っていたが・・・

「こんなに広範囲に・・・」
「あれはあの子が化け物を追い払うときに放つ光だよ。」

ラビはもう一度村人の方を見た。

「どういうワケか知らないがね、あの光を放つと化け物が逃げ出すんだそうだ。」

全く、わざわざ呼び寄せておきながら・・・と続けてなにかモゴモゴ言い始めた村人は、どうやらのことを快く思っていないらしい。
ラビは不愉快な想いが胸の中に沸き上がるのを感じながら、今度こそ森の入り口に向かって走り出した。

目的に着けば、既に数人の村人が到着していた。
心配そうに入り口をみやる彼ら。
やがて、と数人の子供の姿を見つけると、しっかりと彼女たちが森から出たのを確認してから一斉に走り寄った。
やはり、子供たちの親だったらしい。

―そりゃそうさ。大人はみんな森に入ることどころか、近づくことすらを恐れてる。

ラビは走り寄りながらその様子を眺めていた。
走り寄ってきた親たちの中には真っ直ぐのもとへやって来たものもいた。
はその二人になにか声をかけた後、走って自宅へと向かっていた。

?」
「ウィル!」

のもとへと走り寄れば、彼女の顔には解りやすいくらいの焦りが表れていた。

「どうしたんさ?」
「この子が怪我をしたの!お願い、手伝って!」

よく見れば、の背におぶさっていた子供は膝にハンカチが巻かれていた。

「わかった!」

彼女に続き家の扉を開ければ、すぐにガーゼと塗り薬を出すよう頼まれた。
了解の意を示し、ラビは薬部屋に足を踏み入れる。
そして、目当てのものをつかみ取り、すぐに引き返した。

「持ってきたさ!」

声を掛けながら居間に踏み入れると同時に、一瞬ではあるが確かに部屋一面を眩い光が照らした。

「これでひとまず大丈夫ね。」

ホッとしたの声が聞こえる。

「ありがとう、姉ちゃん!」
「ダン、なんでさっき出てきたの?」

急に声のトーンを下げたの声を聞き、笑顔を見せていた子供の視線が下がった。

「私、あれほど言ったよね?化け物が出たときは光るところから出ちゃダメだって。
 死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「ごめんなさい・・・」

ますます下を向いてしまった子供をはしばらく見つめた後、「無事でよかった」と言いながら少年を抱き締めた。
ラビはその光景を眺めていて心が暖かくなるのを感じた。

、これでいいんだよな?」
「ありがとう。」

振り向いたは、相変わらず表情が固い。

「塗り薬、念のために着けるから、明日の朝まで外さないでね。」
「はい。」

潮らしく答える子供に視線だけ向け、は少年の膝にあるハンカチに片手を伸ばした。
現れた傷はさほど大したものではない。
しかし、なにもせずじっとそれを見つめるの様子をラビは不思議に思った。
やがて、やっぱりと小さな呟きをもらし顔をしかめると、ラビから受け取ったキズ薬を手にして
彼女はそれをそっと傷の上にかざした。
途端、あまりの眩しさに気がつけばラビは目を閉じてしまっていた。

「もう大丈夫よ。」
「いたーい。」
「傷薬だもの。滲みて当たり前だわ。」

自分が目を閉じてしまっている間に、と子供は平然と会話を続けていた。
ようやっと目をまともに開けられるようになった頃には、子供の膝にはしっかりと包帯が巻かれており、家に帰ろうとしていた。

姉ちゃん、ありがとう!」
「ダン、リディアさんたちに謝っておいてくれる?心配かけさせてごめんって。」
「うん、解った。」
「それから、みんなにしばらくは森に行くのはお休みだって言っておいてくれる?」
「えっ?でも・・・」
「大丈夫、お姉ちゃんがなんとかするわ。だから気にしないでね。」

ダンは不服そうな顔をしていたが、やがて観念したらしく渋々頷いてから家に戻っていった。
重いため息がの口から漏れた。

「どうしたんさ?」
「ううん、ただこれから少し薪の量に気を付けないといけないなって・・・」

そういえば、今村では様々な物資が不足していることをラビは思い出した。
主に村と隣接している森から生活に必要な、木の実や薬草等はもちろん、
家畜の餌の一部や肥料にいたるまでありとあらゆるものを調達している。
森に入れない今では、通常手に入れる物資が全く手に入らなくなってしまうことを意味している。
中でも薪の類いは村にとっては死活問題だ。
今は以前斬り倒した木々の蓄えや子供たちとが集める木材でどうにかしているようではあるが、
それもいつまでも続く訳ではない。

「なんなら手伝うさ?」
「それはいい。」

すぐさま返ってくる完璧な拒絶の声は、ある程度予想していたことだ。

「大丈夫よ。どうにかするから。」
「どうにか、な・・・」

ラビは目を細めた。
神田から今朝聞いた話では子供たちと行くだけでは足らない、と彼女は漏らしていたそうだ。
それを補うために、彼女は日中何度も森へ足を運んでいるのだろう。
既にそこまでの状態で彼女一人でどうにかできるわけがない。

「そんなに、人を森に連れていきたくないんか?」

投げ掛けた疑問は鋭い視線で返された。

「その割りには子供たちはつれていくんだな。」

我ながら意地の悪い指摘だ、とラビは思った。
重い沈黙が辺りに響く。

「本当ならそれも避けたいところよ。」

微かに耳を掠めたのは、聞こえるか聞こえないか位の小さな声。
ただ、その声が苦痛に満ちていることだけはわかった。

「わりぃ。」
「別にいいよ。ジュニアの指摘はもっともだから。」

また、沈黙が流れた。居心地の悪さが辺りを満たす。
でも、今朝と違うのは、がここに留まっているということ。

「一つ、質問いいか?大人を、森につれていかない理由は?」

一瞬、彼女が身を固くしたのをラビは眼の端で捕えた。
そして、戸惑うように二、三回口を開閉させた後、蚊の鳴くような声でいくつか理由はある、と呟いた。
またもや沈黙が流れる。
ラビはその中で辛抱強く彼女の次の言葉を待った。

「・・・。」
「・・・。」

は、その沈黙が居心地悪いのだろう。
目線を游がせ、目についた治療道具を片付け始める。
その姿を、ラビはただただ黙って見つめていた。
やがて、堪えきれなくなったのだろう、は渋々と再び口を開いた。

「大人って、実はなかなか言うことを聞いてくれないのよ。」

はまた少し視線を游がせた。

「自分で判断しちゃうの。『これくらいなら大丈夫』って・・・そうして気がつけば・・・」

は一度、戸惑うように言葉を切った。
頼りなくさ迷っていた視線は、いつのまにか彼女の足元に落ち着いていた。

「子供たちなら、夢中になりすぎさえしなければ素直に着いてきてくれる。
 それに、私のことを信じてくれてる。」
「そっか。」

ポンポンと軽くの頭を撫でてやる。
今聞けたのは、彼女の心のほんの一部にしか過ぎないだろう。
それでも、ほんの少しだけ彼女の考えが言葉として出てきたことがラビは堪らなく嬉しかった。

「なあ、。やっぱりオレ手伝うさ。」
「え?」
「枝運び。」
「だ、ダメ!」
「なんで?」

質問を投げ掛ければ、は困ったように眉を歪めてただただ頭を振った。

「大丈夫だって。」

なおも拒絶し続ける彼女。
ラビは苦笑いを浮かべた。

「少人数ならいいんだろ?
 オレ一人だったらお前だってすぐ近くにいるかどうか位判るさ。な?」

震えるの手を握り、ラビは言葉を続けた。

「それとも、なんか他に森に入っちゃいけない理由でもあるんか?」
「な、ないけど・・・」
「んじゃ、決まりだな!」

ニカッと笑い、が反対の意を示す前にグリグリと彼女の頭を撫でてやった。
少し強引すぎただろうか?
しかし、今はこれくらいの強引さがなければ、彼女は首を縦に振らないだろう。
未だに戸惑いながらこちらを見る彼女と夕方に出掛ける約束を取り付け、ラビは満足気に笑った。


















ゆっくりと歩みを進めると、目的の相手は予想通りの場所に腰を掛けていた。

「よっ、神田。」

不機嫌な眼差しを投げつけてくる男の近くに腰掛け、ラビはまた言葉を繋げた。

「んで、どうだったんさ?」
「なにがだ。」
「またまたぁ。見に行ってきたんだろ?」
「ふん・・・アクマの残骸が残っていた。」
「そっか。」

やはり、と言うべきか。

「ウィルスは?」
「そこまで広まっちゃいない。森の中に入りさえしなけりゃ特に問題はねぇだろ。」
「そっか。あ、そういやオレ午後にティヤと森に入るんだっけ。」

どうするかなぁ、と悩むラビを見る神田の視線は相変わらず鋭い。

「テメェの方はどうだったんだ。」
「なにが?」
「とぼけんな。見たんだろ、あの光を。」
「あー・・・そう言えば、そうだった。」

少し誤魔化すように笑えばカチッと耳慣れた音が聞こえ、ラビは慌てて言葉を繋いだ。

「わー!悪かったって!見た!見たさぁっ!!」
「んで?」
「それがよく解んな・・・」

チャキッ

「しょうがねぇだろ!一瞬だったんさぁっ!!」
「二回も目の前で光らせといて通る言い訳じゃねぇだろ!」
「た、ただっ!」
「なんだ?」
「怪我をした子供の足に、確かにアクマのウィルスが見えたんさ。」

神田は盛大に眉をしかめた。

「んで、そのガキはどうなったんだよ?」
「ティヤに治療してもらって、元気よく帰ってった。」
「・・・ありえねぇ。」
「だよなぁ。」

アクマのウィルスの速効性は黒の教団の関係者ならば誰もが知っている。
感染すればすぐさま身体中をウィルスか浸食し、忽ち体が崩れ去る。
命はまずない。

「おい、バカ兎。見間違いじゃねぇんだろうな?」
「あれをホクロだっつーんなら、あんだけ早く広がるホクロを見せてもらいたいくらいさ。
 まあ、普通と比べて随分浸食が遅かったけど。」

仮に子供が本当にウィルスに犯されていたと言うのならば、
未だに体が崩れていないのはその子供がアクマであるか、寄生型のイノセンスを宿しているか。

「そのガキに色々と聞く必要はあるってことだな。」
「って、ティヤはいいんかい?」
「あの女はオレが見張ってる。その間にテメェはガキのとこへ行ってこい。」
「なんでそうなるんさ!」
「うるせぇ。さっさと行け!」

ドカッといい蹴りを食らい、ラビはよろめいた。
ぎゃあぎゃあと二人が騒いでいる間に、静かに森の中へ侵入する影があった。






<コメンツ>
 前回あげたものがあまりにも長かったので少し修正を加えて二つに分けちゃいました。
 だから、更新記録には載せません!
 すでに読まれた方、続きを楽しみにしてくださっていた方、ややこしいことをしてしまってすみません!

 このお話まだまだ続きそうです・・・