クワガーモンが砕いた崖。 重力に従い落ちていく身体。 子供たちはただただ悲鳴をあげるしかなかった。 下にあるのは川。 しかし、いくらなんでもこの高さでは危ない。 飛ぶ能力を持つデジモンたちは、それぞれの子供たちの名を呼びながらどうにかその手をつかむことができた。 しかし、落ちる勢いで増した重力のせいか、または自分の体重以上のものを持ち上げることができなかったのか、 そのデジモンたちもすぐに子供たちと共に落下してしまう。 ミミの身体をつかんで自らのツタを伸ばして崖に引っ掛けたパルモンも、その衝撃で岩壁がはがれ、結局はまたまっさかさまに下へ落ちてしまった。 『マーチング・フィシーズ!』 不意に耳に届いた叫びとは違う大きな声。 しかし、それを確認する間もないまま、は何かに着地した。 こわごわと目を開ければ、川魚たちがまるで大きな絨毯のように広がって自分を乗せたまま川の表面を泳いでいた。 「た、助かった!」 気の抜けた太一の声がすぐ近くでした。 周りを確認してみれば、他の子供たちも無事に魚の絨毯の上に乗っているようだ。 どうやら助かったらしい、とようやく認識する。 しかし、一息つく暇も与えず、今度はヤマトの声が響く。 「おい、あれ!」 見えたのは、自分が破壊した際に他にもひびが入ってしまったのか、 後から崩れ落ちた崖とともに川へ落ちてくるクワガーモンの姿。 またも悲鳴が上がる。 「いそげぇ!」 誰かがそう叫ぶと、子供たちが乗っている魚たちがさっきよりも早い動きで川を下り始めた。 しかし、その甲斐もむなしく、クワガーモンが着水した衝撃で大きな津波が押し寄せる。 子供たちはただただ必死に魚たちにしがみつくしかなかった。 川は大きなうねりを上げ、子供たちを押し流した。 その後、どうやってたどり着いたかは良く覚えていないが、気がつけば全員川辺の土の上に座り込んでいた。 「やっと本当に助かったみたいだな。」 「なんだったんだ、さっきの魚は・・・」 ぐったりした様子でつぶやく丈。 それに得意げに答える声があった。 「あれはね、『マーチング・フィシーズ』さ!」 丈が顔を上げると、自分をうれしそうに見やるアザラシ型の生物がいた。 「おいら、魚を自由に操ることができるんだ!」 「そうか、お前のおかげだったのか!ありがとう、プカモン・・・じゃ、なくって、えっとその・・・」 「ゴマモンだよ。」 「ゴマモン?」 不思議そうに首をかしげる丈。 「どうなっちゃったの、トコモンは?」 「今はパタモンだよ。」 「ボクたち進化したんだ。」 「シンカ?なんだシンカって?」 代表するように答えたアグモンに太一がまた質問を投げかける。 その疑問に今度は光子郎が答えるが、その表情もどこか自信がなさそうだ。 「普通はある種の生物全体がより高度な種に変化することですけど・・・」 「そうですがな、その進化!ワイはモチモンからテントモンに!」 「アタシはピョコモンからピヨモンに!」 「オレはツノモンからガブモンに。」 「アタシはタネモンからパルモンに。」 「アタシはマルモンからポニモンに!」 「そしてボクは、コロモンからアグモンになったんだ。」 ある意味解りやすい説明ではある。 が、まだ少し目の前の状況が信じられない子供たち。 「随分急に変わっちゃうんだね。」 「進化したからね!」 がぽつりとつぶやいた感想にもポニモンはただうれしそうに笑うだけだ。 それにしても急激に変わり過ぎ、と思ってしまうことは誰も攻めることはできない。 何せ自分たちが抱えられるくらいの大きさだった彼らは、 その「進化」をしたことにより、いまでは身体もだいぶ大きくなっていれば、 その姿も形も元の姿を思い出すにはちょっと苦労するくらいに変化しているのだから。 赤い鬣が特徴のゴマモンを始め、 小さな恐竜になったアグモン。 ピンクの鳥になったピヨモン。 青い毛皮をかぶったガブモン。 大きなテントウムシのテントモン。 頭に花を咲かせたパルモン。 耳のような羽が特徴のパタモン。 の目の前にいるポニモンもマルモンだった頃は丸い生き物だったが、今は大きな馬の人形みたいな姿になっている。 変わっていないところといえば、つぶらな瞳と特徴的な丸いしっぽくらいだろうか。 あの進化している場面を見ていなければちゃんと同じ存在であると認識できなかったに違いない。 「ふーん。とにかく、前より強くなったみたいだな。 その、進化してもデジタルモンスターなのか?」 「そうだよ!タイチと会えてよかったよ!」 「なんで?」 「ボクは自分だけだと進化できなかったんだ。きっとタイチとあったおかげで進化できたんだよ。」 本当にうれしそうに言うアグモン。 だが子供たちはまだどこかピンとこないみたいだ。 「のおかげだよ!」 とうれしそうに自分を見上げるポニモンへも、とりあえず返す言葉が思いつかないだった。 「なんだかよく解らないなぁ。」という丈にまったくだ、とうなづきたくなる。 おまけに、デジモンたちも原理は良く理解していないらしい。 「それより、これからどうする?」 ヤマトが冷静な声で全員に尋ねる。 はあわてて立ち上がった。 「そうだよね、このままここにいるわけにもいかないよね。」 「元の場所へ戻ろう。大人たちが助けに来るのを待つんだ。」 「戻るって言ってもなぁ・・・」 年長者らしい意見をいう丈。 しかし、先ほどの出来事で彼のいう「元の場所」からは大分離れた場所に現在はいる。 自分たちが最初にいた崖があった山も、今では振り返れば苦労せずに全体が見えるくらいの大きさになっていた。 「崖の上へまで戻るのは簡単じゃなさそうだぜ?」 「じゃ、どこか道を探して・・・」 ヤマトが指摘すると、また別の普通ならばやるべきことを言いかける丈。 しかし、ここでもっと大事な問題があることをヤマトは指摘する。 「大体、ここはどこなんだ?どう考えてみてもキャンプ場の近くじゃないぜ。」 そう。 それはマルモンたちと出会ってからずっと心にあった問題。 明らかに見たことのない土地、風の匂い、そして植物たちの生える森を見回す。 「そうですね。植物がまるで亜熱帯みたいだ。」 「ほんまや!」 「え?解るの!?」 「いんや?」 なぜかちょっとした漫才のようなやり取りをする光子郎とテントモン。 やはりというか、子供たちよりもデジモンたちは少し気楽のようだ。 子供たちは議論を進める。 デジモンたちがいうには、他にもさっきのような大きなデジモンがいるという。 その中で元の場所に戻るべきか、それとも別の策を考えるべきか、結論はなかなか出せない。 「他の人間は?」 「ニンゲン?タイチみたいなの?」 別の目的地を見つけられるのでは、という期待をこめてアグモンに尋ねた太一だったが、 返ってきたのは求めているものとは別のものだった。 「見たことないよ。ここはデジモンしかいないんだ。」 「デジモンしかいないって言っても・・・お前ら結構いろんな格好してるよなぁ・・・」 「それでもみんな「デジモン」なんだよね?」 「そうだよ!」 がポニモンに確認するが、返ってきたのは元気の良い肯定だけだった。 小さなうねりを上げると、空が言葉をつなげてきた。 「確か・・・『ファイル島』って言ってたわよね?」 「本当に島なのか?」 「聞いたことない名前ですよね。」 「日本じゃないのか?」 「でも、デジモンたちは日本語しゃべってるよね?」 話し合えば話し合うほど解らないことが出てくる。 子供たちは頭を悩ませた。 「とにかく行こうぜ!ここでじっとしててもしょうがないよ。」 明るく太一が言い、踵を返した。 「おい、どこへ行く気だ!」 「さっき海が見えたんだよ!」 あわててとめるヤマトに太一が答える。 そして進みだした彼に、子供たちはとりあえずついていくことにした。 歩きながらも子供たちの議論は続いた。 「見たことのない木ね。」 「亜熱帯かと思ったけど、どうやらそれも違うようです。」 「やっぱり日本じゃないのかな?どうも妙だ。」 「大体このデジタルモンスターってもんからして妙だぜ。」 ヤマトの言葉にガブモンが不思議そうに振り返った。 それを気にすることなく光子郎が自分の考えをまとめようとするかのように呟く。 「「デジタルモンスター」・・・電子的なモンスター?」 「普通は「デジモン」でよろしいで。」 「デジタルっていうような電子的な感じはしないなぁ・・・」 「え?電気でっか?ほれっ!」 「わ、やめろよ!」 羽の間からぱちぱちと電気をはじけさせたテントモンへ光子郎の抗議の声が上がる。 その様子を見て、は笑った。 周りを見回せばデジモンたちと楽しそうに話をしているみんなが見える。 「パタモンって確かさっき飛んでたよね。」 「うん、飛べるよ!ほら!」 「ほんとだ!でも歩いたほうが早くない?」 「アタシの方が早いわよ!」 ほらねと飛び始めるピヨモンに空が「どっちも変わらないわよ。」と突っ込みを入れている。 「パルモンってなんだか植物みたいよね。」 「そうよ。光合成もできるのよ。」 「すごい!やってみて!」 競争を始めたり、話したり。 そんな中で自分の左隣を見ればうれしそうにポニモンがを見上げていた。 何となくその様子に自身もうれしくなる。 このデジモンは人を癒す天才かもしれない。 「ここにはデジモンしかいないって言ってたよな?」 不意に太一が隣にいたアグモンに問いかけた。 「そうだよ。」 「さっきのクワガーモンもデジモンなのか?」 「そう。」 あっさりと肯定の返事が返ってくる。 デジモンたちにとって当たり前のことなんだろう。 「ポニモンたちとおんなじ生き物だなんて、ちょっと信じられないな・・・」 「どうしてー?」 「だって、みんな全然違う形や大きさしているんだもん。」 「んー?」 四足で歩きながらポニモンは首をかしげる。 その様子をみては小さく笑った。 自分たちの常識とデジモンたちの常識はどうも少し違うらしかった。 しばらく歩いて潮の匂いがあたりを満たし始めたころ、 不意に聞きなれた音が子供たちの耳に届いた。 「ああ?」 「こんなところで電話の音?」 そう、聞きなれたそれは、通常こんな屋外で鳴り響くはずのものではない。 しかし、音につられて浜辺へ出れば、確かに公衆電話が立ち並んでいた。 きれいに、5台。 砂浜のど真ん中に。 急いで子供たちは砂を蹴りながら駆け寄った。 一番先頭を行っていた太一が公衆電話の扉を開けると同時に、それは無情にも鳴りやんでしまった。 残念な気持ちが胸を占める。 しかし、同時にそれは子供たちを冷静にさせた。 「こんなところに電話ボックスなんて。」 「不合理です。」 首をかしげる空と光子郎の意見ももっともだった。 こんな普通ならば海辺でパラソルを設置してもおかしくない場所に電話ボックスなんておかない。 邪魔だし、遠いし、使いづらい。 しかし、ヤマトはその電話ボックスを改めて見やって言った。 「でも、これはいつも見る電話ボックスだな、普通の。」 「あたしん家の傍にもあるわ。」 「ということは・・・」 ミミの同意に確信を得たのか、丈がうれしそうに声を上げた。 「ここはまだ日本なんだ!」 「ニホン?ジョウ、なんだそれ?」 純粋に投げかけられたゴマモン質問は、丈の気持ちを下がらせるには非常に効果的だった。 「やっぱり違うかも・・・」 「残念だけど、そうみたいですね。」 はただ苦笑を浮かべた。 その傍を太一が通り過ぎる。 「光子郎、10円貸してくれよ。」 「なにするんですか?」 「決まってんだろ。電話かけるんだよ、家に。」 「ああ、それならテレカありますよ。」 すっと光子郎が差し出したそれを受け取って太一はさっそく電話を掛けた。 「太一、私も一緒にかけていい?」 「おう。」 太一の後を追っても電話ボックスに入った。 かける場所は同じなのだ。 その方が効率がいい。 ほかの子供たちもそれぞれ電話ボックスに入って受話器を握る。 しかし、電話が繋がった先で聴こえたのは、家族の声ではなかった。 「もしもし?オレだけど・・・」 『午前32時83分90秒をお知らせします。』 「あ?・・・なんだこりゃ!?」 「午前32時って・・・なに?」 「いや、ねえだろ。そんな時間。」 困惑しながらも太一はに突っ込みを入れた。 ほかの子供たちの電話も似たようなものらしく、みんな困惑の表情をそれぞれに浮かべている。 「ミミ、光子郎君、繋がった?」 「繋がんない。」 「こっちもです。アナウンスも言っていることがメチャクチャで・・・」 すぐ近くの電話ボックスに入っている同級生たちには確認を取ったが、やはり思うような結果は出ていない。 「どうだ?」 それぞれの様子を伺いながら太一は調度電話を切った空にも訊ねた。 「ダメ。」 「やっぱり。なんなんだよ、この電話。」 子供たちは自分たちの理解の範囲を超えた現状にただ首をかしげることしかできなかった。 |
<アトガキ> ここは日本なのか、そうでないのか。 かなり重要なことなのに結構子供たちが冷静なことに驚いてます! すごいな〜・・・私パニックになるかも・・・ ああ、でも人間って突拍子もない状況に陥ると意外と冷静でいられるんですよね。 改めてデジモンシリーズってすごいな〜と思う管理人でした。 |