『おらおらおらおら!』 虚は狙いを朽木さんに絞って、またあの分身を投げ始めた。 ご丁寧に追いかける前に「お嬢ちゃんは後でたっぷり可愛がってあげるよ」と卑下た笑いを私に向けてきた。 いらだちが募る。 『どこまで逃げる気だ!?反撃してきてもいいんだぜ!?』 「朽木さんっ!」 追いかけようと足を踏み出した途端に、茂みから出てきた分身が私を狙ってくる。 それをブレスレット、四報連珠の力で叩き落とした。 もうすぐそこまで来ているんだ。 それまでにこの分身たちをどうにか片付けないと。 朽木さんの援護をしながら、私はあたりに散らばっている分身たちを一つ一つ確実に倒すことを意識していた。 音のする方へ進んでいくと、やっぱりそこに虚がいた。 あ? 「!」 こいつまでいたのか。 はオレを見て笑うと虚のいる方へ視線を向けた。 その先には立ち止まったルキアの姿が見える。 『もう諦めちまったのか?それじゃつまんねえよ。』 「諦めたのではない。逃げる必要がなくなったのだ。」 虚に対してすぐにルキアは返事をした。 「反撃してきてもいいといったな?ならばその言葉に甘えさせてもらうぞ。」 ああ? とりあえず、踏んどくか。 虚を踏んづけたおかげでよく見えるようになったルキアの顔は、どこか得意そうに見えた。 「心配されるようなヘマはしないんじゃなかったのか?」 「戯け。そういうセリフは少しでも心配した人間が言うものだ。」 「それもそうだな。」 のんびりと会話をルキアとしていると、オレの足の下にいた虚が怒りだして立ち上がった。 ま、普通だよな。 虚から少し離れた場所に着地して、近くにいたに目配せをする。 は、さっきよりはしっかりと立って、オレたちの方をみていた。 微笑んでこっちを見てくれていたけど、なんとなくその姿が痛々しい。 こいつも、ルキアも、んであのインコも。 こんな目にあってんのはみんな、この虚のせいなんだよな。 「黒崎一護、15歳。現在、死神業代行。 追いかけっこがしたいんなら、相手が違うんじゃねぇか?」 『死神代行だと?』 怒りをわずかに言葉に含ませて言えば、虚が反応した。 『ちくしょう。こんなことならはなっから、てめえのことを狙っとくべきだったな!』 虚の声に応えるように、周りにうじゃうじゃいる小さいやつらが何かを吐き出し、虚が耳障りな高音をあたりに響かせる。 ルキアがオレの名前を呼んで魂魄を叩きだすのを確認しながら、が虚の前に立ちはだかるのを眼の端にとらえた。 「連珠!」 しゃっと何かが空を切る音がした直後、爆発があたりに響く。 オレが感じ取れたのは爆風だけで、どうやら虚が吐き出した紫のものはここまで届かなかったらしい。 煙があたりを満たしているのをいいことに、虚を上から狙う。 うまく切りつけられて、赤い雫がその腕から流れた。 『へへへ。お前が一番うまそうだな。』 「なるほどな。その爆弾でチャドを足止めさせて、女を襲って喜んでたわけか。クソヤロウだな、テメェは!」 『だが、テメェはこれからその「クソヤロウ」に食われるんだぜ?』 下品な笑い声は、オレの癇に障るのには十分だった。 ひとまず、もう少し広い場所で戦うためにやルキアがいた場所から距離を置く。 立て続けに繰りかえされる攻防。 虚の方はオレがスピードを上げれば同じように対応してくる。 なにより厄介なのはアイツが吐き出す爆発物。 今もばらまかれたそれを爆発させて虚がオレの邪魔をした。 その爆発で巻き起こった噴煙を利用して距離を縮め、虚の肩に深く刀を突きたてた。 『一つ、テメェに聞きたいことがある。あのインコに入っているガキの親を殺したのはテメェか?』 長い沈黙の後、虚は静かに、肯定の言葉を口にした。 『そうだよ。あのガキの母親を殺したのはオレさ。オレがまだ生きていたころにな。 当時のオレは連続殺人犯。テレビでも結構騒がれてて有名人だったんだぜ。あのガキの母親はその最後の一人。』 虚はつらつらとその母親の最期の話をした。 恍惚としたその言いように、反吐が出る。 『だが、そこからがいけねぇ。 ベランダまで追い込んだところで、あのガキ、オレの靴をつかみやがって。』 「そういえば、つい最近そんな事件あった。無差別連続殺人犯の事件。 確か、母子を襲った時に犯人が誤ってベランダから転落したっていう・・・。」 生憎オレにはそんな事件の記憶はなかった。 でも、の言ったことは正しかったんだろう。 その証拠に、それを耳にした虚の表情が僅かに変わったのだから。 『オレはあのガキに罰を与えることにした。生き残ったガキの魂をインコにブチ込み、言ってやった! 「3ヶ月そのままの姿で逃げ回れ!それができたらママを生き返らせてやる」ってな。』 思考が止まった。 は? 生き返らせる? 知らねえ間に声に漏れていたらしいオレの疑問を、虚は小ばかにしたように返してきた。 『ばぁーか!できるわけねぇだろ!死人を生き返らせることがよぉ! しかし、あのガキは信じた。必死で逃げたぜ? この罰ゲームの面白いところは、ガキを守ろうとする人間を片っ端から殺すことだ!』 ああ、この虚嫌いだ。 つらつらと持論を繰り出す虚の言葉を右から左に流そうと努力しながらも、そんな言葉が頭をついて離れない。 どうしてこうも自分勝手なんだ。 本当にこの虚を浄化しなければならないのか。 この魂がソウル・ソサエティへ送られる必要はあるのか。 そんな負の感情が私の中で渦を巻く。 でも、あってはいけないこの感情を私は手放すことができない。 遠い記憶のなか、耳にこびりついて離れないあの笑い声が、目の前の虚とシンクロした。 『なに動揺してんだよ!隙だらけだぜ!!』 はっと気が付いた時には、黒崎くんが抑えていたはずの虚が、飛び上がって分身体を彼に向けて投げつけていた。 黒崎くんはそれを素手でつかむ。 『今度こそおしまいだ!』 嬉しそうに響く虚の声。 昔の記憶に捕らわれていたせいで彼のフォローにまわれなかったことに焦った。 虚は今にもその舌を震わせて、黒崎くんが握っているあのヒルを爆発させるつもりだ。 「このっ!」 怒りに任せて一歩踏み出したその瞬間、なにかが割れる音が響いた。 『返すぜ、この爆弾!』 ニヤリ笑みを浮かべて、黒崎くんは言い放った。 虚は割られた仮面に突っ込まれた彼の腕のせいで身動きが取れない。 『どうした?爆発させるんだろ?鳴らしてみろよ、舌をよ。』 『あ・・・ぐ・・・』 彼の鋭い怒りが、私にまで突き刺さったかのようで、動けない。 『鳴らさねえのかよ?それじゃあこの舌、オレがもらうぜ!』 ぶちっと、何かがちぎられた音がする。 虚は素手で舌をちぎられた痛みにもがいていた。 「あ・・・。」 そして、鋭い太刀が、虚の仮面を真っ二つに切り裂いた。 虚が浄化される様を見るのは初めてじゃない。 でも、なぜかもやもやとした何かが、胸のところでつっかえていた。 虚はもがくような悲痛な声を出して、そしてその輪郭が少しずつ崩れ始めていった。 ソウル・ソサエティへ送るための地獄蝶形成の瞬間と同じように。 でも、突如その背後に巨大な門が出現する。 驚いて私は飛びのき、黒崎くんの傍まで下がっていた。 『なっっ!』 「地獄だ。」 いつの間にか近くに来ていた朽木さんが説明をしてくれた。 「斬魄刀で洗い流せるのは死んでからの罪だけ。生前に大きな罪を犯した虚には、地獄の門が開かれる。」 禍々しい念が門の外に溢れ出していた。 あまりの光景に、言葉が出ない。 叫びを上げているであろう虚の声は、門の中から聞こえる様々な声にかき消されて、うまく届いては来なかった。 鎖が外れる音が響く。 地獄の門が開く。 虚の魂が吸い込まれる。 様々な想いを含んだ混沌の中から伸びてきた巨大な手が、虚を貫いた。 そして、消えた。 「地獄に、落ちたのか?」 黒崎くんの声がどこか遠くで響いていた。 気がついたときには、私は地面に座り込んでいた。 ブランコを揺らしながら空を見上げる。 小さなため息が、口から洩れた。 あのインコの中に入れられた少年は、既に因果の鎖を失っていた。 つまり、もうソウル・ソサエティへ送るしかしてあげられることがなかった。 魂葬する前、黒崎くんが「今のお前ならママに逢いに行くことができる」と言ってあげたことで、彼は笑顔を浮かべていた。 少しは、彼の魂が救われていたのならいいけど。 空を見上げてみる。 その色は随分と紺に近づいてきていた。 「。」 あ。 呼ばれた方向を見れば、黒崎くんがそこにいた。 こんなに近くに来るまで気づかなかっただなんて、と自分に苦笑。 「こんばんは。妹さん大丈夫?」 「おかげさんで。」 コンビニ袋を片手に、黒崎くんは隣のブランコに腰かけた。 「なにしてたんだ?」 「空見てた。」 「お前いつもそうだな。」 「そうだっけ?」 「この前も屋上で夕焼け見てたじゃねえか。」 「そういえばそうね。」 小さく笑いをもらす。 意外と自分がやっていることがワンパターンなんだなと、自覚した。 「空見てると、落ち着くの。」 「そうか。」 「うん。」 小さなため息が横から聞こえた。 「どうかしたの?」 「あ、いや・・・その。が普通でよかったって思って・・・」 さっき様子変だっただろ、あの門見た後・・・と少しどもりながら彼は続けた。 「ありがとう。もう大丈夫よ。」 「そうか・・・」 やっぱり彼は優しい人だ。 「さっきはちょっと、驚いちゃって・・・」 「だよな・・・」 「地獄って本当にあるんだね。」 「だな。」 また、笑いが口から洩れた。 「実はね、私あの虚の話を聞いてた時、結構ひどいことを思っちゃってたの。」 彼の視線が、私に向けられたのを感じた。 その顔を見ないように、私はまた空を見上げる。 「『こんなヤツ、なんで浄化しなきゃいけないの?』って。 もちろん、許す気はないけど・・・なんか後味悪くって。」 あの禍々しい想いが渦巻いていた門を思い出して目を閉じる。 あの向こうに連れて行かれた魂があると思うと、胸のあたりが重くなる。 黒崎くんは何も言わなかった。 「あの子・・・」 「あ?」 「ユウイチくん、ママに逢えているといいね。」 「ああ。きっと逢えてるさ。」 「うん。」 重たくなっていた空気が、少しだけ軽くなったのが嬉しかった。 「ねえ、ソウル・ソサエティってどんなところだと思う?」 「あ?」 あまりに唐突な質問を投げ掛けられて、黒崎くんはぽかんとした表情になる。 それに構わず私は続けた。 「死神さんたちって和装じゃない。やっぱり和の雰囲気が漂ってるのかな。」 「いや、んなの考えたことねぇし。」 「気になったことないの?」 「ねぇな。」 「私はね。」 「続けんのかよ。」 「うん、続けます。」 黒崎くんの表情が少し呆れたものから、苦笑いへと変わっていった。 「きっとね、たくさんの人がいて、みんなで大きなお城みたいなところで住んでるの。」 「城?」 「うん、江戸城みたいなところ。」 「へぇ。」 「でね、みんな晴れた日には外でテントを張って、キャンプするの。」 「城の庭で?」 「ええ。」 「楽しそうだな。」 「きっと星もきれいよね。動物もたくさんいて、きっとみんなでワイワイ騒いで夜を明かすんだわ。」 「死んだ後の世界にも朝とか夜とかがあるのか?」 「それは・・・わからないかも。」 黒崎くんは小さく笑った。 「ユウイチが向かった場所がそんな場所だといいな。」 「うん。」 本当に、心からそう願った。 あの小さな男の子が、ずっと笑っていられる場所が向こう側にあるのなら、少しは心が楽になる。 本当に私のエゴの塊のような願いだけど、そう願わずにはいられなかった。 |
<コメンツ> きっと一護はそのあと彼女を家まで送って帰ったと思います。(誰も聞いてない) なかなか進まなかったインコ編もようやく終わり、一安心です。 原作の中でも結構好きなお話なんですが、なかなか絡むのが難しい話ですね・・・ 続きができたらまた読んでくださるとうれしいです! |
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