朝起きて、まず私がすること。


1.とにかく伸びをする。
2.手早く着替えた後、カーテンを開けて外の空気を吸う。
3.荷物を準備した後、机の中にしまっているアルバムを手に取る。


目的のページは、既に何度も開いているせいでちょっとだけ型がついている。
眺めるのは、私がまだ小学2年生の頃のもの。
友達と映っているある写真を私はじっと見つめてから、
元の場所に戻して朝食をとりに下の階へ降りていく。





これが、私の日課。



















弱小チームのおかげか、我が女子バスケ部は朝練がない。
練習時間も、男バスと体育館を共有しているおかげでそれほど遅い時間までやらないし、
合宿も年に2回、一週間程度。
これで強くなるっていうのは到底無理な話なんだけど・・・
これくらいゆるい部活のほうが私にとってはいろいろと都合がいい。

学校に着けば、既に登校しているクラスメイトと一言二言会話をして、
宿題見せ合ったり、本を読んだり・・・
こんな、「当たり前」の日常が私はとっても好きなんだ。

「おはよ!」

今日はいつもよりちょっとだけ登校が遅れてしまって、
あまり朝の時間を満喫する暇はなさそうだ。
自分の席に向かいながら、そんなことを考えていると、自席に座っていた朽木さんと眼が合った。

「おはよう、朽木さん。」
「おはようございます、さん。」

おほほほほ、と笑う朽木さんはどっかわざとらしい。
まあ、つくってるっぽいからな・・・昨日の感じだと。

鞄を置いて、彼女の席に近づく。

「朽木さんって本読むの好きなの?」
「どうしてですの?」
「毎回見るたびに本の表紙違うもの。」

にっこりと笑ってみれば、一応彼女も笑顔を返してくれる。

「今日って放課後暇だったりする?」

突然話題を変えたから、彼女は不思議そうな顔をして私をみた。

「私今日部活がないの。もし良かったらお茶でもしない?」
「お茶、ですか?」
「ええ。その本に出ているようなおいしい紅茶とケーキのあるお店なの。どうかな?」

途端、朽木さんの目が少しキラキラとしだした。
彼女もどうやら甘いものには眼がないらしい。

「あ、でも・・・」
「もちろん、おごるよ?」





もう彼女には迷いはなかった。










放課後、朽木さんに声をかけて、二人して教室を後にする。
私たちのやり取りを見ていた黒崎くんの顔が意外と普通で、ちょっとつまんなかったけど。
きっと二人は、互いにそれほど干渉しあわない距離を保っているのかもしれない。
念のため、朽木さんに黒崎くんから離れてしまってもいいのかと訊ねたら、 一言、「心配ない」と言われた。
ま、本人がそういうのだし、きっといざとなったら何か策があるのだろう。

目的のお店は結構すいていた。
学校が終わってすぐに向かったのがよかったんだろう。
まっすぐにガラスケースに足を進め、朽木さんと二人でそれを覗き込んだ。

うん。相変わらずおいしそう。
白いホイップとイチゴの乗ったショートケーキに、
濃い目の茶色をしたガトーショコラ。
特別目立つような特徴はない平凡な形をしているけど、
ひとつひとつ丁寧に作られていて、逆にそれがおいしそうに見えてたまらない。

「朽木さん、どれがいい?」

笑って隣をみれば、きらきらと眼を輝かせている彼女。

「朽木さん?」

反応は、ない。

「っぷ!」
「なっ!なにを笑っているのだ!?」
「ご、ごめ・・・!」

一応、謝罪の言葉を口にしたはしたけど、
顔を赤くさせて笑いをこらえたままじゃ、まったく説得力がないよね。
でも、「笑い」とは不思議なもので、引っ込めようとすればするほどなかなか引っ込んでくれない。
とくに、顔を真っ赤にさせてこっちを睨んでくる朽木さんの顔を見ていたならなおさら。

「と、とりあえず、どれにするか選ぼ?」

なんとか言えた言葉がこれ。
朽木さんはなんとも腑に落ちない表情をしていたけど、仕方ないよね?

席についてからも、朽木さんの様子は相変わらずだった。
運ばれてきた紅茶にも、ケーキにも、いちいち眼を輝かせてそれをじっと見つめる。
彼女が死神であるということは、頭ではわかっているんだけど、外見は制服を着た高校生。
そのギャップがなんとも面白かった。

「ほんと、死神さんって甘いものに目がないんだね。」
「何か言ったか?」
「ううん。ほら、紅茶冷めちゃうよ?」
「うむ。」

恐る恐るといった様子で、朽木さんは紅茶に口をつけた。
憧れのケーキも、私が食べる様子を眺めては、慣れないフォークで少しずつ口に運ぶ。
なんだか不思議な感じ。

「ふふっ。」
「な、なんだ?」
「おいしそうに食べるなって。」

朽木さんは顔を赤くしながら、うまいのだから仕方がないと続けた。

「向こうにはさすがにケーキ屋さんはなさそうね。」
「甘味処ならあるがな。」
「ってことは、あんみつとか?」
「ああ。」
「ふ〜ん。」





甘味処か・・・
あの人入り浸ってたかもな〜・・・



ふと、頭の端に毎朝眺めている写真がよぎった。





目の前には、本当にうれしそうにケーキを頬張る朽木さん。
果たして聞けるだろうか?

「朽木さんはその甘味処とかによく行ってたの?」
「時折な。」
「じゃあ、お仕事の後とか、お休みの日・・・あ、むしろお休みってあるの?」
「ああ、あるにはあるが・・・」
「やっぱりそうなんだ。一応、『お仕事』の分類なんだもんね。」

次々に繰り出す私の質問に、朽木さんは少し戸惑いながらも答えてくれていた。
戸惑いのせいか、返答はとても簡潔。
まあ、生きている人にソウル・ソサエティのことを詳しく話すわけにはいかないんだろうけど・・・
それでも、きちんと返答してくれる彼女はとても律儀な人なんだなと思った。

少しずつ、いままでぼやけていた形しかとっていなかった私のソウル・ソサエティに対する想像が、少しだけはっきりしてきた気がする。
とはいっても、まだ描かれたスケッチ・ラインを少しだけ色の濃い鉛筆でなぞった程度。
それでも、私にとっては何よりもうれしかった。
そして、もっともっと、知りたくなった。

もっともっと、明確な、核心を突くような質問が、何度か頭の隅をよぎる。
無理やり押し込めていたそれらの想いが、出口を求めて、頭の中でぐちゃぐちゃと暴れている感覚。

私って、こんなに我慢ができない人だったっけ?

朽木さんとの話を進めながら、ふとそう思う。



もう、聞いてもいいだろうか?
いくつもの質問をまとめようと、頭を動かす。
出てきた答えは、気が抜けるくらい簡単なものでしかなかった。

少しだけ、口にすることを躊躇する心はある。
でも、聞きたい。



「ねえ、朽木さん。」
「ん?」
「ソウル・ソサエティって、どんなところ?」





言っちゃった。

少しだけ、朽木さんの目が見開かれた。
それと同じだけ、罪悪感が心をよぎる。



「魂が還るところ」とか、「魂の故郷」とか、きっといつもならマニュアル通りの回答をするところだろう。
でも、私が求めているのはそんな答えじゃない。
朽木さんもそれを察してくれたのか、すぐには言葉を発しなかった。

彼女がゆっくりと手にしていたティーカップを下ろす様を見つめる。

カチャ、という軽い音が、いつもより耳についた。



「それを聞いてどうする。」
「どうもしない。」

すぐに返事が返ってきたことに朽木さんは少し驚いた顔をした。

「ただ、知りたいの。」



「あの人」が、どんなところで過ごしていたのか、
「あの人」が、どんな人たちと交流を持っていたのか、
「あの人」が、どんな思い出を抱いていたのか、
それがただただ知りたかった。



「普通なら、死後の世界だから、死ぬまでその存在を知ることも見ることもない場所だわ。
 それは充分に解っている。
 誰かに話すつもりもないし、聞いたことは私に心の中に秘めておくつもり。」

なにを焦っているのだ、自分から聞いておいて。
知らず知らず早くなる口を落ち着かせるために、目の前の紅茶に手をつけた。

「それだけ理解しておきながら何故そのようなことを聞く?」
「単なる私のわがまま、ね。」



そう、ただのわがままだ。
いつしか「魂が還る」といわれている場所について、もっともっと知りたい。
今、この瞬間に本来ならば知ることがない場所について、教えて欲しい。
そんなことは、到底許されるものではないのを私は知っている。

だから、いままでその思いを口にすることなくここまで来ていた。
でも、今目の前にいる人物は誰よりも現在の形のソウル・ソサエティを知っている。
その事実に焦りを覚えてしまっていたのかもしれない。

私が求める形ではなくても、聞けば知ることができるかもしれない。



そんな、どうしようもない私のわがままだ。



何も言わなくなった私を、朽木さんはただただまっすぐ見つめた。
心の中を探ろうとしているのか・・・
居心地の悪い沈黙が私たち二人を包んだ。

「『魂の故郷』、『住み良い場所』、それしか私に言えることはない。」

少し棘を含んだ声は、少しだけ私をうつむかせた。

「そうよね・・・。」
「強いて何かを付け加えるのであれば・・・「白」だな。」
「え?」



白?
色の?





・・・・・・白・・・・・・・





思いがけない朽木さんの言葉は、私の心の中でこだました。

「後は、死したときまでとっておくことだ。」

つまりは、これ以上は何も言わない、ということなわけで・・・
でも、朽木さんが思う以上に、私にとっては大きな収穫だった。

「ありがとう、朽木さん。」

小さな呟きが彼女に届いていたことは、少しだけ緩められたその口元で解った。













ガチャリと金属音を響かせて、扉を開けた。
開けた屋上へ、足を踏み入れて、オレは先客がいたことに気がついた。

。」

こちらに背を向けて立っていたは、風になびく髪を抑えて振り返った。
夕日に照らされたその表情が、いつもとどこか違って見えた。

「黒崎くん、寄り道?」
「まあな。」

は、一言「そう」と呟くと、またオレが入ってきたときと同じように背を向けた。
珍しい。

「なに見てんだ?」
「夕日。」

の隣に並んでみれば、確かに夕焼けに染まった町と、オレンジ色の太陽がそこにあった。

「きれいでしょ。」
「そうだな。」

不思議と素直に同意の言葉が口から出た。
はいつものようにくすくす笑うと、金網に手を置いた。

「オレンジ色の夕焼けって、とっても優しい色だよね。」
「あ?」
「あったかくって、全部を包み込んでくれる感じがする。」

にっこりと笑い、はまた静かに夕日を眺めた。
コイツの言葉を聴いて、確かに、このオレンジ色の夕日も悪くないかもしれない、と思う自分がいた。
昔は、まったく逆のことを思ってたのにな・・・



「そういえば、昨日はルキアと一緒に帰ったんだろ?」

ふと、思い出してに話を振ってみた。

「うん。ごめんね、朽木さんを独り占めしちゃって。」
「うるせーのがいなくって清々してた。」
「ひっどいなぁ。朽木さん聞いてたら怒っちゃうよ?」

ようやっとオレと眼を合わせて、はくすくすと笑いを漏らす。

「どっか寄ったのか?」
「うん。公園の手前にあるケーキ屋さん。」
「ああ、あそこか。」

そういや、遊子や夏梨がうまいって騒いでたな。
なんて考えをめぐらせていると隣から視線を感じた。
言うまでもなく、それはで、なんか知らねえけど少し驚いた顔をしてこっちを見ていた。

「なんだよ?」
「いや、黒崎くんがケーキ屋さんのこと知ってるのが少し意外で。」
「ああ。ウチに妹が二人いるからな。たまに頼まれて買ってくんだよ。」
「そうなんだ。」

あそこのショートケーキおいしいよね、と続けるに同意すると、うれしそうに笑い返してきた。
ほんと、よく笑うヤツだ。

「っつーか、女ってほんと甘いもん好きだな。」
「ん〜、大体の子はそうだね・・・黒崎くんは?」
「嫌いじゃねえけど、自分からはあんまり食わねぇな。」
「あ、そんな感じする。」

くすくす笑った後、はまた視線を夕焼けのほうに向けた。
さっきまでオレンジ色を放っていた太陽は、今は随分赤みを帯びていた。

「ねえ、黒崎くん。」
「ん?」
「黒崎くんからしたら、「白」ってどんなイメージ?」
「しろ?」
「うん。白い色からなにを連想するのかなって。」
「あ?・・・・ん〜・・・ショートケーキとかか?」
「あはは。さっきまでケーキの話してたもんね。」

は視線を町に注いだまま「他には?」と尋ねてきた。

「ん〜・・・・・・『眩しい』かな。」
「眩しい?」
「おう。」
「ああ、光をよく反射するから、とか?」

ああ、まあ、間違っちゃいねえけど。

「っつーより、ホラあれだ・・・白って、なんにでも合うだろ。
 だから、なんっつーか・・・独特っつーか・・・
 あ〜・・・・・・でも、しっかり存在してるっつーか・・・
 他を引き立てたり、目だったり、状況によって変化して、それがなんとなく眩しいって思うんだ。」

うまく説明できねえでいるのに苛立ちを覚えて、の顔を恐る恐る見てみる。
そこにあったのは、オレの方をみてすこしだけぽかんと口を開いてる顔。
ゼッテー伝わってないよな、これは。
ただ、他にどう説明をすればいいのかわからなくって、いろいろと言葉を捜してみたが、しっくり来る言葉を見つけられなかった。
そんなオレをよそに、は少し考えるそぶりを見せる。
ちくしょー、どうすればいいんだ。

「そっか。」

またいろいろと考えをめぐらせていると、ポツリとが呟いた。

「そうだよね・・・そういう捉え方もあるんだ。」
?」

名前を呼ぶと、はいつものようにまっすぐにオレの眼を見て、
んで、いままで見たことないくらいに、やわらかく笑った。

「ありがとう、黒崎くん!」

はその礼を言うと、さっき俺が入ってきた扉へ小走りで向かっていった。
ギシっと独特の金属音を立てて、扉を開き、そのまま下へ降りていくと思った時、
は一瞬立ち止まってまたこっちを見た。

「黒崎くん、素敵なことを教えてくれたお礼。
 さっきのケーキ屋さんね、メニューに載ってない「アップル・パイ」があるの。
 甘さ少し控えめでとってもおいしいから今度試してみて!」

それじゃ、また明日と扉を閉めて風のようには去っていった。

「なんだったんだ?」

ぼそっと呟いたが、それに答えてくれるものは何もなかった。
あんな慌しいは初めて見た。

不思議に思いながら、オレはまた夕陽に眼をやった。
今はもう「オレンジ」っつーよりも「赤」の方がしっくりくる色をしている。

いままで、「寂しい」としか感じさせてくれなかったその色は、なぜかとても「暖かい」と思った。
考え方一つで、随分と変わるもんだな。
オレは、小さな笑いを誰もいない屋上に漏らした。

「ケーキ屋、行ってみっか。」

そばにあった鞄を手にとって、一歩踏み出した足はとても軽く感じた。






<コメンツ>
 色って一つの色に対していろんな捉え方がありますよね。

 一護にとっては夕焼けの「赤」とか「オレンジ」ってきっと寂しい色だったと思うんです。
 お母さんをなくして、一人で一生懸命探しているとき、夕焼けに染まる川辺を何度も一人で往復したから。

 同様にヒロインにとっても「白」という色は少し特殊な意味を持っています。
 それについてはまたそのうち。(こればっかだな)

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