最近、この町はおかしい。
いや、正確には町がおかしいのではなく、この町に現れるヤツラがおかしいんだ。
今までこんなにヤツラいなかったよ?

うん。
でも、いるんだよね。
最近よく来るね。
私は目の前に立つ大きな生物を見上げてため息をついた。


「見える」ことにより、私はよくこういった生物にめぐり合う。
大体は襲ってくる前にさりげなく人気のないところへ移動し、
うまくいけば死神と鉢合わせようと試みたり、
そうでなければ最終手段に走ったりするのだけど・・・
どうやら今回は後者になりそうだ。

「こういった生物」
つまり、死神の言う『虚』と呼ばれる霊体だ。
正直、ここまで霊力を下げているというのによくうまく見つけてくれると毎度のこと思う。
私よりもおいしそうな匂いを出している人間はこの町には多くいるだろうに。
しかし、見つかってしまったからにはおとなしく食べられるつもりも毛頭なく、
私は今いる場所よりも少々道の開けた場所へ移動することを決めた。

その道程で、運よく死神に出会うことを願って。













町の中をオレは走っていた。
理由はいわずと知れた「死神の仕事」ってやつだ。
部屋で今日の分の宿題を片付けているときに、運悪くルキアの伝霊神機に指令が入ってしまったらしい。
オレはまた突然押入れから飛び出してきたアイツに魂魄を叩き出されてしまった。

『おい!チンタラしてんなよ!虚はどこなんだ!!』
「戯け!もうすぐだ!気を抜くな!」

そんないつもの言い合いを繰り広げながら、オレはルキアの示す場所へと急いだ。
そろそろ到着するだろうというとき、数百メートル先にある角から見知った顔のやつが飛び出してきた。

それは、数日前オレに・・・こ、告白なんてものをしてきた女子・・・

?』

そんな呟きをもらしたと同時に、彼女の正面の壁がドハデな音を立てて崩れた。

『な!?』

オレとルキアはその光景にそれまでフル稼働で動かしていた足を思わず止めてしまった。
ものすごい煙のせいで、の姿はなかなか確認することができなかった。
が、その煙の原因となったであろうものの正体はすぐにわかった。
そいつはモジャモジャとした青い毛をまとった、薄気味悪い白い仮面の生物。
おそらく、今回の伝令神機に反応した虚だ。

『っし!さっさと倒すぞ!』

オレは勢いよく刀を振り上げて虚に向かって飛んだ。
が、虚は襲い掛かってくるオレになんて見向きもしないで
の後を追った。
当然、オレに気がついて虚が足を止めるだろうと踏んでいたオレは振り上げた刀で空を切ることになる。
そして、当たり前のようにルキアの怒声が飛んできたわけだが・・・
それにしても、変な虚だ。
本当にしか見ていない。
オレは急いで逃げた虚を追うことにした。













―ここなら大丈夫かな。

私は人気のない、ちょっと広めの道に出たところで足を止めて振り返った。
数秒もたたないうちに虚も追いついてきて足を止めた。
私が逃げることを諦めたとでも思っているのだろう、虚はとてもうれしそうに目を三日月形に歪めた。
正直、気色悪い。
知らず知らずのうちに頬に冷や汗が流れた。

少しの間、私たちは互いの出方を伺ってにらみ合う。
うまい具合に死神が来てくれればいいんだけど・・・
私は死神探しにすこしだけ注意を向け始めた。
できることなら、無駄に力を使いたくはない。
でも、私の注意が少しだけ自分からそれたことに虚はすぐに気がつき、攻撃をしてきた。
モジャモジャの青い毛が伸びてくる中、私はかろうじてそれを交わす。
雑魚のくせに意外と鋭いらしい。

「さて、どうしよっかな。」

軽い感じで私はつぶやいた。
もう死神が来ることは諦めた。
そうなると、選択肢はどうせ一つしかない。

「食べられちゃうのはごめんだからね。」

私はすっと自分の左腕を前に差し出した。
手首についているブレスレットの紐が揺れる。
そして、まずは相手の出方を伺う。
虚は、あまり気の長いほうではなかったのだろう、私が構えてから数秒もしないうちに飛び掛ってきた。
宙に浮いたのを見計らって元々ヤツのいた場所に移動すると、入れ替わるようにそれまで私のいた場所にヤツが着地した。
背を向けたままの私に向かって、ヤツは自分の毛の塊を私に向かって飛ばしてきた。
どうやら今回の虚は毛を使って攻撃してくるらしい。
毛玉を交わした後、なんとか空いている空間に着地して虚を見やった。

―どうしよう

そう思案した矢先に、地面に転がっていた毛玉が異常な行動をした。
なんと、一つ一つがさらに毛を伸ばして私の手足に絡みついたのだ。
当然、身動きは取れない。
あがいている私を見て、虚はさらに気色悪い笑いをしながら近づいてきた。
ふがいない自分に思わず唇をかむ。

「でもま、仕方ないか。」

そう、どうあっても食べられるのだけはごめんだ。
それに、死神もいないみたいだし、あいにくあの人の家からも遠い。
つまり、選択肢は一つだけだ。
私は左手首に力をこめ始めた。

―これも訓練よね。

部分的に開放した力はブレスレットに集まり、紐の先についているビーズが淡く光った。
幸い、一部の紐が毛玉に絡まれずにすんだらしい。
とりあえず私は目の前の虚に向かってそれが行くように集中した。
勢いよく伸びたブレスレットの紐はまっすぐ虚の足元に向かって衝突した。
目標をはずしてしまったが、それは一瞬の間虚の隙を作るには十分で、私はとっさに紐を縮めて自分に絡まりついている毛を切り落とした。
自由になった体を、いったん毛玉から遠ざける。
今の状態ならばまだ命中率は高い、
私は左腕を体の前に持っていき、さらに霊力をこめてみる。
4本の紐は束になって伸び、私はそれをまっすぐ虚に向かって繰り出した。
が、危機を察した虚はやすやすとそれを避ける。
紐を分散させ自分の元に引き戻したはいいものの、少々息が上がり始めている。

「やっぱり、まだ今の状態でこれを使いこなすのは難しいか・・・」

虚はさらに毛玉をこちらに向かって投げ飛ばしてきた。
何とか避けるが、ちょっとずつスピードがおちてきているのがわかった。
仕方なくさらに力を解放しようとしたそのとき、
突然巨大な霊圧とともに何かが飛んできた。

『だぁ!』

威勢のいい掛け声とともに、それは自らの持つ刀を勢いよく振り落とした。
斬激の音があたりに響き、虚の仮面が真っ二つになった。
昇華していく虚の影に、私は小一時間ほど前にともに教室で勉強していた人物を見つけた。













消えていく虚の向こうには目を丸くしたが立っていた。
どうにか間に合ったらしく、どこにも目立った外傷は見当たらない。
オレは安堵のため息を漏らした。

『危ないところだったな。無事でよかったぜ。』

霊体であるオレの声が聞こえるはずもなかったが、オレはついついいつものように話しかけちまった。
だけど、そんなオレの予想を裏切ってはオレの声に反応した。

「く、黒崎くん?」
『は?』

何度も言うが、今のオレは霊体だ。
普通の人間がオレを見えるわけがねぇ。
でも、はまっすぐオレを見ながら、はっきりとオレの名前を呼んだんだ。

・・・おまえ、オレが見えるのか?』
「み、見えるもなにも・・・っていうか、そのカッコ・・・」

どうやらコイツにははっきりとオレの姿が見えているらしい。
こりゃ、ルキアがまた記憶置換するんだろうな・・・
ま、そのほうがオレもありがたいけど。
でも、そんな考えは次のの言葉でぶっ飛んだ。

「な、なんで黒崎くんが死神の格好なんかしてるの!?」

「なんだと!?」

オレの言葉は少し遅れてやってきたルキアが代わりに叫んでくれた。












オレたちは近くの公園に場所を移した。
がオレの姿を見える上に死神のことを知っているんじゃ、下手に記憶置換なんかできない。
激しくを問いただすルキアは、かなり驚いているらしく、明らかに動揺の色が見て取れる。
どうにかそれを抑えさせてから聞き出した話を要約するとこうなる。

つまり、はガキの頃から死神が見えるくらい霊力が高かったと。
で、その頃この街を担当していた死神と仲良くなったことがきっかけで「死神」という存在を知ったらしい。
ちなみに、記憶置換は霊力が高いせいかうまくいかなかったとか。

「それにしても驚いた。朽木さんが来たくらいから黒崎くんの霊圧が換わってきたのは気づいていたんだけど・・・」

少々呆然とした口調では言った。
でも、驚いたのはこっちだ。
まさか、コイツがこれだけ霊力が強かったとは思っていなかった。

、ひとつ聞きたい。」
「なに?」

ルキアは学校で見せるような似非態度じゃなく、すっかり本来の口調に戻っている。
まあ、死神のことを知っているヤツには演技する必要はないのだと判断したんだろう。

「確かに、お前は普通の人間と比べて霊力は高いようだが、コヤツほどずば抜けてはいない。」
『ずば抜けてるって何だよ。』
「死神を確認できるほどには見えないのだが・・・」

はルキアの問いに対してくすりと笑った。

「さすが、現役の死神さんね。それは今私が自分の霊圧を抑えているからよ。」
『抑える?なんでだ?』
「理由は簡単。虚を呼び寄せないため。」

はオレたちをまっすぐ見ながら言葉を続けた。

「黒崎くんもたまにあるだろうけど、霊力が高いと虚に襲われやすいのよ。
 だから、その回数をできるだけ減らすために霊力を下げてるの。
 もっとも、それでも今回みたいに襲われることもたまにあるけどね。
 だから念のため、察知能力はある程度働くようにはしているの。」

いたずらっぽく笑いながらは肩をすくめた。
それにしても、不思議な感じだ。
家族以外にも霊を見ることができるやつが目の前にいるなんて・・・

「でもま、これで謎がひとつ解けたわね。  黒崎君と朽木さんが妙に仲良い訳が。」
『って、!このことは・・・』
「わかってる!言わないよ。
 あ、でも代わりと言ってはなんだけど、私のことも黙っててね。
 家族にも知られてないの。」

はにっこりと笑って付け加えた。
オレたちが言いふらすわけがないのに、そんなことを言ってくる。
きっとこいつなりの気遣いなのだろう。
オレは今日、の新しい一面を知ったような気がした。






<コメンツ>
 能力の一部を紹介しました。
 って言ってもこれじゃ何か全然わからない(笑)
 ま、徐々に明らかにしていこうと思いますのでしばしお待ちください。