「おい、ー!邪魔ずるぞーってなんだこれ!?」
「うわー!すごい紙の量ですねぇ!お山がたくさんです!」

那月が指摘した通り、部屋の奥にはありとあらゆる紙が散乱していた。
翔はただただその光景に顔を引きつらせる。

「締切ラッシュがきたみたいだよ。」
「藍、いたのか。」
「まあね。」

部屋の手前にあるソファに優雅に腰かけている藍は翔にはなんだか浮いて見えた。
何故かと思ったが、よくよく見ていればその付近だけ紙が避けるように綺麗に床が見えていたのだ。

「つーか、オレ達に来るよう言われたんだけど、どこにいるんだ?」
「彼女ならあそこだよ。」

すっと綺麗な指先が部屋の奥を指す。
その先には紙の壁。
そういえばあそこには彼女の作業デスクが置かれていたはずだ。

「うわー!すごいですね!隠れ家みたいです。」
「いや、あれはむしろ砦だろ。」

部屋に入った時に感じた圧迫感の正体をここでようやく翔は知る。
いつもは綺麗に整理整頓されている彼女の部屋兼作業部屋は、現在彼女の机を囲む紙の壁が
およそ天井近くまで積み上げてられていた。
おかげで部屋がいつもよりも狭く感じる。

、ショウとナツキが来たよ。」
「ふぁーい。」
「ってどこから出て来てんだよ!!」

思わず大きな声が翔の口から飛び出た。
机の下にある隙間から、ごそごそとは体を匍匐前進の要領で砦から外に出していた。

「しょうがないじゃない!ほかに抜け道がないんだもの!」

確かに今は紙に囲まれているあの仕事机にたどり着くには、その下の空間しか通り道はない。

「本当に秘密基地みたいですね。」
「だな。」

ウキウキと言う那月とは対照的に、翔の顔には呆れの色が濃かった。

「で、ショウとナツキはになんの用できたの?」
「春歌からの作詞が終わったって聞いたんだけど。」
「ああ、今度のコラボ企画の曲か。が作詞担当だったんだ。」
「うーん。そういえば遠い昔にそんな連絡をハルちゃんにしたねぇ。」
「お前が春歌に電話したの、昨日の夜だからな!」
「そうだっけ?」

もう時間の感覚なんてさっぱりよ、などとガシガシ頭を掻いているの姿はどこか男らしい。
もちろん、翔が目指しているのとは別の方向で、だが。

ちゃーん!がんばってるんですね!いい子、いい子〜!」
「なっちゃん、ありがとう〜!ぐえ。」

ギューッと那月に抱きつかれたは笑顔を浮かべながらもぐったりしている。
いつもならふざけた感じで大きな那月の背中に回される手も、だらんとぶら下がっている状態だ。
普段はもう少し粘るのに、やはり疲れがたまっているのだろうか。

、いいの?二人が来てから6分48秒経過してるけど。」
「おわ!それはまずい!ごめんね、なっちゃん!」

するっと那月の腕から抜け出したは、「リューヤさんを待たせちゃってる〜!」と叫びながらすごい速さで穴を通って砦の中に消えて行った。
その姿はさながら自然界で暮らす小動物の様だ。


「いーやー!!!なんかメールが増えてる〜!!!」

ガシャガシャ。ドタン。
バン。ガリガリガリ。
ドガガガガガガガガガガ。


「・・・あんなかで一体なにやってんだ?」
「なにって、仕事でしょ。」

さも当たり前のように言った藍に、またも翔の突込みが光る。

「いや、明らかにデスクワークじゃない音混ざってただろ、今!」
「そう?いつもああだけど。」

手元に資料を持ったまま言う藍の顔を翔は何とも言えない表情で見ていた。
その間にも砦からは工事現場のような音が鳴り響いている。

―頼む、誰かの今やっている仕事が効果音だと言ってくれ。

軽い頭痛を覚えながら翔は切にそう願わずにはいられなかった。

ちゃんのお仕事の仕方はとーってもパワフルなんですね。」
「むしろあの中で何が起こってんのかわかんねえ分こえーよ。」
「あ、そうだ!翔ちゃん、なっちゃん!」

突然大きな声が飛んできて、翔は思わず肩を震わせた。

「おま、突然出てくんなよ!」

声の発信元を見れば、砦の出入り口からが顔を覗かせていた。

「ごめんごめん。はい、歌詞の入ってるファイルが出てきたから渡しておくね!」
「おう。」

そろそろと受け取ったファイルはずしりと重く、とても一曲分の歌詞だけが収まっているとは思えない。
パラパラと中を捲ってみれば、一枚一枚に「ボツ」、「第一稿」、「翔ちゃんとなっちゃんにもっと寄せる!」など
の字で沢山のメモ書きがされているものが何枚も含まれていた。
いつもは自分たちでやっている作詞だが、春歌だけでなくがこれだけ歌い手の事を考えて作ってくれた歌なんだと解ると感慨深いものがある。

「サンキュ。」
ちゃん、ありがとうございます。」
「あーい!あ、気になったとことかあったら言ってね。」

超特急で編集するから、と続けたの笑顔が暖かく感じた。
翔はファイルの最後に挟んであった紙を手に取ってその笑顔に頷きかえす。
手にした紙には、最初の方に挟まれていた物と違い、パートごとに色分けされている綺麗な文字が並んでいる。

「解った。」
「わあ、素敵な歌詞ですね。」

肩越しに覗き込んできた那月と一緒に翔は歌詞に目を通した。
春歌が作った曲にマッチしていて、自分たちらしさが滲み出た歌詞に胸がワクワクする。

、僕の曲は?」
「ごめん藍ちゃん、もうちょっと待って!」
「それ、さっきも聞いた。」
「ごめんって!リューヤさんへの資料もう一つやったら藍ちゃんの曲を完成させる!」
「約束だよ。」
「はい!」
「それまで歌詞のイメージ固めるから。メロディ、今できてるところまでちょうだい。
 時間もったいないし。」
「はーい!」

藍に元気よく返事をしてバタバタとまた砦に戻る
それを見送る藍の瞳が優しく見えたのは翔の気のせいだろうか?

「翔ちゃん、たっくさん練習して、良い歌にしましょうね!」
「おう、もちろんだぜ!」

たくさんの想いが詰まった歌を、みんなに早く届けたくて、
翔と那月は二人でバタバタと春歌のもとへと走り出した。










「やれやれ。相変わらず落ち着きがない二人だね。」

未だに聞こえる廊下からの騒ぎ声に藍は小さくため息を漏らした。
が消えた砦の方からは、ガサゴソとなにやら作業している音が聞こえる。
データをCDに焼きつつ、何か別の作業をやっているのだろう。

「こっちはこっちでほっとけないし。」
「藍ちゃん、なにか言った?」
「別に。」

それより早く曲をちょうだい、と戻ってきたに言えば、笑顔でCDと譜面を差し出された。
さっと紙に眼を通して藍は小さく笑顔を浮かべた。

「うん、いい曲だね。」
「ありがと!」
「編曲は?」
「ま、まだ曲が完成してな・・・」
「早く完成させて。あと5分30秒で。」
「んなムチャな!!」















の締切との格闘は、まだまだ続く。






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