「こんにちは。」

誰もいない通りの角で宙に向かって話す少女がひとり。

「今日は何してたの?」

誰もいないはずのそこで、彼女は空にずっと話しかけている。
おそらく周りに人がいれば気味悪がる光景だろう。
しかし、幸いにも今少女の周りに人間は誰もいない。

『今日は日向ぼっこしてたんだよ。』
「今日お日様がきらきらで気持ち良いもんね。」

少女の目には常人とは違ったものが見えていた。
彼女の瞳は目の前に青いトレーナーを着た青年を映し出している。
彼は胸の真ん中に妙な鎖が存在しており、姿も常人には見ることができない。
いわゆる「幽霊」と呼ばれる存在だ。
そう、この少女は世間一般で言う「霊能力者」。

ちゃんは今日は何してたの?』
「今日はね、学校に行ってきたんだ!九九のテスト、100点取ったの!」

「えらいね」と頭をなでてくれる青年に少女はうれしそうに笑顔を向けた。
と呼ばれたこの少女の名は という空座小学校の2年生。
こうして学校の帰り道に寄り道をし、「お友達」の霊たちと会話をすることが彼女の日課だ。
そして幸いと言うべきか、彼女がそういった存在と会話をしているときは決まって周りに人がいない。
故に彼女は周りから気味悪がられることがなく、のんびりと今日まで過ごすことができた。

「そういえばね、青のお兄ちゃん。昨日真っ黒いお洋服を着た人を見たよ」
『真っ黒い人?』
「うん。あのね、真っ黒いお洋服を着てお侍さんみたいな剣もってて、
 おうちの屋根の上をジャンプして走ってたの。」
ちゃん、その人は生きている人だったの?』
「わかんない。でも力は強かったよ?」

青年は少し考え込むそぶりを見せた。

「青のお兄ちゃん知らないの?」
『うん。残念ながら見たことはないね。』
「じゃあ今度見たときはお話してみよっと。」

青年は少し困った顔をしてにお話しても良いが話すときは必ず知り合いの霊の誰かと一緒にいるときだけと約束させた。
どうもこの少女は今まで出会った霊に「悪い人」はいなかったらしく、警戒心と言うものがまったくと言っていいほどない。
しかし、青年たちはすべての霊が「良い人」ではないことをよく知っている。
青年はの頭をなでながら霊仲間たちに注意を促しておかねばならないと心の中で思った。
















「青のお兄ちゃん!」
『おや?ちゃん、今日はどうしたの?』
「今日はお散歩しに来たの」
『あ、そうか。今日はお休みの日だからね。』
「うん!」

嬉しそうに話しかけてくる少女は今日も元気だ。

そんなことを思いながら他愛もない話している時にそれは起きた。



突然青年は今までに感じたことのない重い空気に襲われた。
もそれを感じたらしく顔がこわばっている。

「お兄ちゃん・・・なにか来る・・・」

少女がそうつぶやいた瞬間、目の前の空間が歪み、妙な化け物が目の前に現れた。
それは獣のような姿をし、顔には白い仮面。
瞬時に青年の頭の中に警報が鳴る。


ちゃん!逃げて!!』

はじかれたようにと青年は走り出した。

「お兄ちゃん、あれ何!?」
『僕にもわからない!ちゃんがこの前見た黒いのじゃないの?』
「あんなお化け見たことないよ!」

全力で走る二人を追って化け物も走り出した。
その走りは思いのほか早く、追いつかれるのは時間の問題だった。
青年の額に汗が伝う。
このような体でを充分に守りきれる自信がなかった。

「うあぁ!」

突然上がった声のほうを見ると、が地面に倒れこんでいた。
青年は咄嗟に少女と追いかけてくる怪物の間に立ち、腕を広げた。
せめて自分の体がこの怪物を一秒でも足止めをできることを願いながら青年はきつく目を閉じた。







痛みを覚悟していた青年が感じたものは傷口に広がる暑い痛みではなく、鉄製のものがぶつかり合う音だった。
驚いて目を開くと、自分たちを追いかけてきた怪物の大きな面とそれを抑える黒い着物を着た男の後姿があった。

「青のお兄ちゃん!」
『あ、ああ。大丈夫だよ。』

青年は走りよってくるの方を振り向かず、目の前の男の背中を見ていた。
すると、振り返りもせず、男は青年に声をかけてきた。

『おいそこの魂魄!!』
『ぼ、僕のことか?』
『あー。そこのお前だよ!ちょっとあぶねーからそこのガキ連れてちょっと下がってろ!』

青年は男を改めて見た。
確かに、彼にはその怪物を抑える力があるようだ。
青年はそう判断するとその男の言う通りにを連れて近くの電柱に身を隠した。

『よーし!んじゃ、いくぜっ!』

黒い着物を着た男は二人が自分から離れたことを確認すると、
それまで化け物を抑えていた刀を振り上げてから一度間合いを取った。
それはまるで特撮のワンシーンをテレビで見ているような感覚だった。

「青のお兄ちゃん!あの人だよ!この前見た人!」
ちゃん、あの人はいったい何者なんだい?』
「わかんない・・・でも、とっても「力」の強い人だよ。」

の言葉が終わるや否や、化け物と男の勝負がついた。
男は大きく刀を振り上げると、化け物の仮面を真っ二つにたたき切ったのだ。
化け物はその瞬間、体がまるで溶けるようにして消えていった。

『いっちょ上がりだ!!』

男はそういって袖で額をぬぐうと青年とがいるほうを振り返った。
青年は驚いた。
その黒い服装の男はかなり若く見えたのだ。
自分と同じ年頃か、あるいは年下か・・・

『おぅ!そこのヤツ、よくやったな。』
『あ、ああ・・・』
『んじゃ、今度はお前を魂葬してやるからな。』
『こ、こんそう?』
『大丈夫。痛くなんかねぇよ。』

男は笑顔を浮かべながら近づき、刀を振り上げた。
青年は驚き、思わずを抱えるようにかばう。
そして刀が振り下ろされた。










男の振り下ろした刀は青年とを切ることはなかった。
青年に触れていたのは鋭い刃物ではなく、反対の柄の先。
額に触れていたそれは、どこか暖かいように感じた。

『大丈夫、今から行く場所は悪いところじゃねぇよ。』

薄れ行く意識の中、青年は男のそんな声を聞いた気がした。


やがて青年の姿は消え、彼がいた場所には黒い蝶がひらひらと舞っていた。




『うしっ。任務完了だな。』

黒い蝶が飛び立つのを見送った後、男は刀を納め立ち去ろうとした。
そこで子供の声が彼を引きとめた。
振り返ればそこには先ほどからあの青年とともにいた少女がいた。

男は気のせいであると決めつけ、さっさと次の任務へと向かおうと歩き出す。
が、少女によって袴の裾を握られ、さらにもう一度声をかけられた。

「まって、黒のお兄ちゃん。」
『って、お前俺が見えんのか!?触れんのか!?』
「うん。」

男は驚いた。
この少女はどう見ても生きている人間だ。
それが自分を見ることも触ることもできるなど、あるはずがない。
普通ならば・・・の話だが

『お前、もしかしてさっきのも全部見えてたのか?』
「さっきの?」
『俺が何してたか。』
「?あの白いお顔のお化けのこと?」

男は頭を抱えた。
少女がはっきりとすべてを見ることができていたことは明らかだった。

「黒のお兄ちゃん、青のお兄ちゃんはどこにいったの?」
『へ?あ、ああ、さっきお前と一緒にいたやつか。』
「お兄ちゃんどこに行っちゃったの?」

まっすぐな瞳から目をそらすことができずに、
男は少女の目の高さに視線を合わせ、そっと頭に手をやった。

『心配すんな。ソウル・ソサエティーへ送っただけだよ。』
「そー・・・るえてぃ?」
『あ〜・・・まあ、お前らの言う「天国」みてぇなとこだ。』
「じゃあ、お兄ちゃんは天国へ行ったんだ!よかったぁ〜!」
『ああ。』
「でも、もう会えなくなっちゃうんだね・・・」
『寂しがることねぇよ・・・』

男はそう言いながら少女の顔の前にライターのようなものをかざした。





『今日あったことは忘れちまうんだから。』





スイッチを押した瞬間、彼女の目の前で煙が舞った。





<コメンツ>
ブリーチ連載の過去編・勿忘草旋律
覗いてくださってありがとうございます。
こちらのストーリーでは、ヒロインの過去話を書いていこうと思っています。
正直、オリジナル話といいますか・・・
原作キャラは浦原商店の大人組みぐらいしか出ない予定です!(笑)
気が向いたら読んでいただけたらなーっと思います。