あの日がやって来る。

いつになく憂欝になる、あの日。

何年経とうと忘れることがないであろう、あの日。







黒い柱、天まで届く黒い柱で何人もの魂を地上から引き剥がした、あの日。








あの日が、またやって来る。

















あの日・・・
























気持ちのいいそよ風が、優しく頬をなでる。
小さく千切った綿を二、三個だけ放り込んだような空模様。
こんなに綺麗な空なのに、心の中の天気は曇り。



あの日も、確かこんな天気だったのではないか。
あまりにも混乱していたために、よくは覚えていない。





ギギギッ・・・




重い鉄の扉が動かされた音。
誰かが入ってきた。

「リョーマ。」

返事もせずに、彼は隣にやってきて腰を下ろした。

「部活は?」
「さっき終わった。」

部活の疲れのためか、座ったとたんにため息をひとつ吐く。

「帰らなくっていいの?」
「なんとなくがここにいると思ったから。」
「なんで?」
「今日だから。」

傍から聞いたら意味不明な会話。
でも、私達にはこれだけで充分。



これ以上の言葉は、いらない。

              使いたくない。




あれから、三年がたった。

もう三年?
やっと三年?

そんなこと、どうでもいい。
人によって感じ方が違うのだから。

でも、私にとっては『三年』って言う言葉では表せないような気がする。
















あの時、私はアメリカにいた。

あの街から、ほんの少し離れた場所にいた。

調度、ホームルームを終えて、一時間目の授業を受けている最中にそれがおこった。




なにが起こったのか、わからなかった。




校長の声がいきなりスピーカーによって校内にながされ、自分が今いる州の、何度か足を踏み入れたことのあるあの街が
『大変なことになっている』とだけ聞かされた。

ほかのことは何も言われなかった。

情報が少なすぎた。

そして奇妙なアナウンスの後に、学校中が混乱した。

たまたま職員室でテレビを見ていた教師が解っていることだけを生徒に伝えたことにより
情報を知ることのできない生徒達はますます理解ができなくなり、
聞いた話に尾ひれがつき様々なうわさが飛び交ってしまい、
みんななにを信じて良いのかわからずにますます頭を悩ませた。

私もその一人だった。















「一昨日さ、レイラからメールが来た。」
「・・・・・・」
「元気そうでさ、安心したよ。向こうの様子も少し教えてくれた。」
「・・・・そう。」
「あの場所には、未だに花とかカードとか遺族の方が置いて行ったりしているんだって。
 そりゃそうだよね。忘れることなんてできないもん。」
「うん。」
「私もね、こっちに帰ってくる前に一回だけ行ったんだ。」
「うん。」
「とっても、重かった。息が、苦しかった。」
「・・・・・・」
「私は直接関係ないのにね。」

ちょっとだけ、自嘲気味に笑って振り返ってみる。
リョーマは少しだけ眉を寄せて私のことを見つめ返していた。




そう、私には直接関係なかった。
直接的な知り合いは誰も犠牲にならなかったし、
そのときに在校していた誰もが親戚を失うことはなかった。

中にはあのビルで働いていた両親を持っている人もいたらしい。
が、運良く出社していなかったり、休みを取っていたりしていた。

ただ一人、卒業生の一人が父を亡くしたと、後になってからから聞いたのだけど・・・

それでも、同じ州の隣町に住んでいることだけあって、中には知り合いを失った人もいたらしい。

それが彼らの知人だったり、

彼らの父の友達だったり・・・


またしても直接関係ある関係ではなくっても、やはり心に傷を負っていた。















「この前の授業でさ。」

それまで相槌を打つことしかしなかったリョーマがここにきてから始めて自分から口を開いた。
私は黙ってその口から漏れる言葉を耳に集める。

「特集のビデオ、見せられたじゃん?あの双子の兄弟が作ったやつ。」
「うん。」
「オレあそこには住んでなかったし、行ったことなかったけど・・・
 やっぱり同じ国にいたからかな?ちょっとショックだった。」
「そっか。」

いつもの私なら、『リョーマでもショックうけるんだ?』なんておちゃらけて言ってただろうけど、
今日はそんなことを言える状態じゃない。彼も、私も。

リョーマはそのまま続けた。
彼にしては珍しくよく喋った。

「オレ自身はさ、向こうで生まれ育ったけど、やっぱり『日本人だ』っていう意識があってさ。
 それでも、家に帰って、ニュースを見て、いろんなこと考えて・・・やっぱり許せなかった・・・」
「うん。」
「それから・・・少し怖かった。」
「・・・・・・。」
「離れた場所にいたオレでも怖かったのに、は・・・」












私はあの頃、しばらくの間、飛行機の音に敏感になっていた。
学校の付近には時折、頭上を飛行機が通ることがあって、それが聞こえるたびにその場に立ち止まって


それが無事通り過ぎるのを見届けていた。


時には自分の心臓が飛び出てくるんじゃないかと思うときもあった。















「最初は、怖かったよ。」

あのときのことを思い出しながら、私は言葉を選ぶ。

「でもね、やっぱり現場を見てなかったし、テレビでしか知らなかったから・・・
 そういう意味ではリョーマと一緒だと思うよ。」
「そう。」

ちょっと素っ気無く聞こえる言葉も、いまは気にならない。
彼には、それしか返す言葉がないことを知っているから。

「だけどさ。」

私は立ち上がって言葉を続ける。
空には相変わらず、暖かい太陽が大地に降り注いでいた。

「あの国に、あの土地に、あの時いたから。
 それだけが理由じゃないと思うけど、やっぱりあの事は許せない。」
「うん。」
「今、世界中の国がやっていること、戦争とか、戦いとか、そういうのも賛成できないけど、
 あの出来事も、私は絶対に許すことができない。」
「オレも。」

どこか力強い声でリョーマは私に返してきた。
それは、人間として当たり前の感情。
『あのこと』を許してはいけないという正義感。

「でもさ。」

吸い込まれそうな青い空を見上げながら私はもう一度口を開いた。
斜め後ろからは、私の声のトーンが少し変わったことに気づいたのか、不思議そうにこっちを見上げているのが感じられた。

「私ってやっぱり甘いのかな?」
「なんで?」
「・・・戦争、嫌いだけどさ。あーゆーことした人たち、許せないけどさ。
 前につかまったあの国の偉い人、いるじゃん?あの人のこと見て、『かわいそう』ってどこかで思っちゃったんだよね。」
「・・・・・・」
「支援してたかもしれないし、色々と悪いことしてきたかもしれないけど・・・
 やっぱり、かわいそうに見えたんだよね。」

少し怖くって、後ろに振り向けられなかった。
こんなことを言い出す私は、もしかしたら彼の目に非常識な人間に映っただろうか?
それでも、これは私の本心だ。
私は一度息を吐いた。


「今、この世界のどこかで、誰かが戦争のせいで泣いていて。
 今、この世界のどこかで、誰かが戦争のせいで死んでいて。
 今、この世界のどこかで、誰かが戦争のせいですべてを失って。


 そういったものの一部は、あの出来事が起こらなければ始まらなかったことで。


 だからって、戦争は嫌いだけど、軍が今引くことにも賛成できなくって・・・

 今、引いたらあの国はもっとメチャクチャになるんじゃないかって・・・

 私はテレビを通してしかそういうことを知らないからこんなこと言えるのかも知れないけど・・・


 いつかは、みんながそんなことに巻き込まれずに、笑いあって、暮らす世界が来るといいなって・・・」


自分が、なにを言いたいのかよくわからなくなってきた。
心の中では解っているのに、上手く言葉にできなくってもどかしい。

自分が言っていることが、自分勝手で、甘えた考えなのはよくわかっていて・・・
それでも、その意見を曲げることができなくって・・・


政治家達みたいに

「善」と「悪」

「Yes」と「No」



私は分けることができない。



「オレはそれでいいと思うよ。」

思わぬ答えが私の耳を掠める。
信じられないという気持ちで声の主のほうに振り返った。

「オレもそう思うから。」

不安げな瞳をした私を迎えたのは、それとは正反対の力強い瞳。
リョーマはいつもの不適な笑顔を見せながら立ち上がって、私の隣に立った。

の今いったことはさ、確かに甘えたとこもあるのかもしれないけど・・・

それは人類すべての願いだと思うよ。」

力強さの中に、優しい光が見えたような気がした。
その光から、私は一つの答えを得ることができたような気がした。

「うん、そうだね。」

今まで心にかかっていた靄が、少しだけ晴れたような気がした。








そう、

これから、

この世界にかかった靄を少しでも晴らそうとして

一生懸命もがくのが

きっと・・・









もう一度、天を仰いで見る。

綿を散りばめたような雲に、照りつける太陽、吸い込まれそうな青い空。

それらを一身に感じながら、



あの日、空のかなたへ連れて行かれた人たちと

地上でもがいている人たちと

できることなら願いたい。







「はやく、平和になりますように。」




















All we hope is to have peace within the world.



“Laughter” not “Tears”

“Joy” not “Sorrow”



Let us all pray from the deapth of our hearts,

that our world would become a place that every person can smile from their hearts.


Let us hope that the memories of this day from three years ago,

become a memory that would help us become strong,

and to become the power for us to be able to think of others who are suffering today.





11th September 2004







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