それまであまり関わりのない子だった。 隣に座っているというだけで、クラスメイトと言う枠を越えることもないだろう。 クラスが変わって半年もすれば、ああそんな子いたかもしれないと思う日も来るかもしれない。 鳳長太郎にとってはそれだけの存在だった。 「おはよう!」 朝教室に入れば元気に挨拶をしてくれる友人たち。 長太郎はそれぞれと軽く言葉を交わしながら自席についた。 「おはよう、さん。」 「おはよう。」 にこりともせず、彼女は挨拶をするとまた手元の本に目を戻す。 これでその日の彼女とのコミュニケーションはほぼ終了。 長太郎はそのまま周りの友達と話をはじめ、彼女はひたすら本を読み続ける。 予鈴5分前のいつもの光景だ。 休日に安く使えるコートを宍戸が見つけてきたのでさっそく二人でそこを使用した。 特訓を終え、方角が違うので途中でわかれて帰路を進む。 鳳長太郎との関係に変化が訪れたのはそんな土曜日の午後のことだった。 「いっくぞー!」 「ネェちゃんずるい!」 「ずるくないずるくない!」 「ワンワン!」 「ほら、タロもそう言ってるでしょ?」 「えー!?」 通りかかった河原に賑やかな声が響いていた。 数人の子供たちと一頭の中型犬、そして中学生くらいの女の子がフリズビーを飛ばして遊んでいる。 「楽しそうだな。」 長太郎が思わず足を止めて呟いてしまうほど笑い声がその場を満たしていた。 投げられたフリズビーは子供たちの間で飛び交い、時折犬が割り込んでキャッチをすれば、すぐに別の人間に渡して再開する。 特に元気にはしゃいでいる犬や子供たちに負けないくらいのパワーで駆け回っている少女が目を惹いた。 取りにくいものでもきちんと取って、子供達が取れる範囲で投げ返している。 楽しそうに遊んでいるのに、さりげない気遣いができている彼女の動きは見ていて気持ちがいい。 不意に子供が投げたフリズビーが長太郎の方に飛んできた。 じっと見ていた彼に気づいて手元が狂ったらしい。 長太郎が足元に落ちてきたそれを拾おうとするのと「すみません」と女の子に声を掛けられたのはほぼ同時だった。 「はい。」 「ありがとうございます!・・・あ。」 「え?」 長太郎が差し出したフリズビーへ伸ばされた手が途中で固まった。 先ほどの少女だった。 なぜか長太郎の顔を見てぽかんと口をあけている。 「鳳くん・・・」 僅かに耳を掠めた小さな声は確かに自分の名前だった。 何故自分の名を知っているのか一瞬不思議に感じる。 が、真っ赤になって固まっている彼女の顔を見れば、確かにどこかで見たことがあった。 それもごく最近。 「あのー・・・」 「ネェちゃん〜!はやくー!」 「ご、ごめん!ありがとう、鳳くん!」 「あ、うん・・・」 慌ててフリズビーを受けとると、彼女は走って行ってしまった。 後姿を見ても、とんと思い出すことができない。 それでもなぜか、その姿が妙に心の中にとどまった。 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま帰った次の月曜日。 長太郎の疑問は意外にもあっさり解決した。 いつもの様に朝練を終えて教室にたどり着いた長太郎はいつもの様にクラスメイトに声をかけながら席についた。 「おはよう!」 「おお!鳳はよ〜!」 ただ、一つだけ違ったのは隣の席に座る少女の反応だ。 「おはよう、さん。」 「お、おはよう。」 珍しく彼女は話しかけきた長太郎の顔を見ずに挨拶を返してきた。 おや、と思うと同時に妙に赤くなっている彼女の横顔に気がついた。 その表情を見た瞬間、気がついたら口が勝手に開いていた。 「あ。ああー!もがっ。」 慌てて立ち上がって長太郎の口を塞いだ彼女の顔は、やはり土曜日に見かけた少女と同じだった。 「さん。」 「あ。」 宍戸との自主練を行った帰り道。 一週間前と同じように少女はあの河原にいた。 「今日は子供たちいないんだね。」 「う、うん。」 足元にやって来た犬を撫でてやりながら、長太郎は少女の顔を見上げた。 戸惑っている表情はこの一週間見たものと同じだ。 「テニスの帰り?」 「うん。先輩と自主トレしてたんだ。」 「そう・・・」 居心地が悪そうにしている彼女は先週の土曜日に見せた活発な表情をしていない。 「この前はゴメンね。いつもの印象と大分違ったから、月曜に気づいたとき思わず叫んじゃったんだ。」 「ううん!こっちこそ、ごめんね。その、口塞いじゃって。」 「あー、いいよ全然。 さん反射神経いいんだね。ものすごい早さだったからびっくりしたよ。」 「ご、ごめん。」 真っ赤な顔で謝ってくる様子が笑いを誘う。 不意に、袖を引っ張る力を感じた。 あの中型犬だ。くいくいっと長太郎の袖を引っ張って尻尾を振っている。 「タロ、ダメだよ!鳳くん疲れてるんだから!」 「タロはなにしたがってるの?」 「気にしないで!じゃれてるだけだから。」 そういってる傍からタロはどこからかフリズビーを取ってきて長太郎の前に置いた。 「遊んで欲しいのかー。」 長太郎がフリズビーを持つのを確認して、タロは一気に駆け出した。 「早く!早く!」と催促されているようで、これは応えてやらなければと思ってしまう。 すっと飛ばしたフリズビーをタロは難なくキャッチして、また長太郎の元へ持ってきた。 「タロ上手だなー。」 長太郎が誉めてやればまた尻尾を千切れんばかりに振って次を促してくる。 「もう、タロったら・・・」 「さん、ほらやろう?この前の土曜日にしていた感じにやればいいんだよね?」 「でも、鳳くんテニスさっきまでしてたんでしょう?」 気を使ってやんわりとが言うが、長太郎は笑って返してやった。 「大丈夫だって!オレもタロと遊びたいし!」 にっこりと笑って返事を聞かずに走り出した長太郎の後ろ姿を確認して、もまた一歩踏み出した。 「だーっ!疲れた!」 「くーん。」 「タロは元気だなー。」 寝転がった長太郎のすぐ近くに寄ってきたタロをガシガシと撫でてやる。 クスクスと隣に聞こえる笑い声の主も今は疲れきった顔だ。 「もすごい体力だね。びっくりしたよ。」 「鳳くんはテニスした後だもの。疲れて当然よ。」 「いや、それ差し引いてもなかなかのもんだよ!」 「ワン!」 「だよなー、タロ!」 すっかり打ち解けたようで最初のぎこちなさはどこへやら、明るい雰囲気がそこにはあった。 「毎週ここにいるの?」 「うん。土曜日はいつもタロと遊んでるよ。」 「じゃあ、また混ぜてもらってもいい?」 「ワン!」 が答えるよりも先にタロが返事をする形になり、また笑い声が広がった。 ニコリともしなかった少女が長太郎に笑いかけてくれるようになって、 長太郎の呼び方が「さん」から「」になった、 そんなとある土曜日の午後の話。
<コメンツ> |
ちょっとしたきっかけで仲良くなり始めた二人。 学校ではいつものようにそっけなく、土日では朗らかに笑いあう・・・ そういうのもなんかいいな〜・・・と思いません!? 思いますよね!? ね?ね?ね?? |