「おっはよーっす!ー?もう朝さー!」

ノックもそこそこにハイテンションで乙女の部屋に乱入してくる男を迎えたのは
キラキラと輝く爽やかな笑顔だった。

「おはよ。朝から元気だね、ジュニア。」


たったこれだけのやり取りで、ラビは奈落の底に突き落とされる程のショックを受けた。









談話室でリナリーは首を傾げていた。
目の前には意気消沈としたラビ。

「朝からノックも無しに女の子の部屋に飛び込んだのが原因なんじゃないの?」
「いや、あれはいつものことだし、互いにそれでいいっていう暗黙の了解みたいなもんがあるんさ・・・」

リナリーはまた考えを巡らせた。

「リナリー!どうしよう!」

どうしようと言われても・・・というのが正直な感想。

が教団に入ってから一週間。
いくら女の子同士だからと言っても、ラビよりも付き合いがどうの以前に、まだ知り合って間もないリナリーに解るわけがない。
ましてや幼い頃からお互いを知っているラビに解らないのに。
むしろ、リナリーとしてはどうも疑問に感じることがある。

「ねえ、ラビ?本当には怒ってるの?」
「怒ってる!ぜったいに怒ってるさ!」

ラビいわく、朝を朝食に誘いに行ったら物凄く怒っていたらしい。
そのまま平静を装いつつ食事をしながらその原因を考えていたのだが、どうしても思い当たらない。
さてどうしたものか、と悩んでいたところにリナリーが来たということらしい。

リナリーとしては、状況をいまいち把握できていない。
朝食を取りに食堂に行ったら仲良く話ながら食事をしているラビとを見かけた。
席も空いているし折角だからと一緒に座り、楽しく食事を終えて、さあ科学班のところへ行こうと食堂を出るやいなやラビに腕を捕まれ談話室へ連行された。
驚いて彼の顔を見れば実に真剣な顔をして
がオレに対して怒ってるんだけど、なんか知ってるか?」と聞かれる。





訳がわからない。
さっき仲良く食事していたではないか。





と彼女が混乱したことを誰も攻めることはできないだろう。
しかし、と混乱する一方でリナリーは思う。


―こんなに慌てているラビを見るのは初めてね。


いつものラビと言えば飄々とした笑顔でそこにいて、
どこか自分達と一線を引いているような感じを受けることがある。
心を開いていない、とでも言うのだろうか?
そんな彼が慌てた様子で自分に相談を持ち掛けている。
リナリーはできるだけのことをしてあげたいと思った。

「でも、ラビ?が怒っているなんてどうしてわかるの?
 私にはさっきとても機嫌が良さそうに見えたけど・・・」
「そ、それは・・・」

何故か言葉を濁すラビ。

「うん。」
「それは・・・」

しかし、ラビはその後なにも言わず、沈黙だけが辺りに響いた。

やがて小さな溜め息が聞こえた。
それを耳にし、ラビは恐る恐ると目の前に座る人物を見上げる。
怒ったか?と心配したが、予想に反してその人はいつものように微笑んでいた。
ラビは面食らった。

よくよく考えれば、自分が持ちかけた相談はリナリーからしたらなんとも腑に落ちない点が多い。
でも、どうしてが怒っているのがわかったのかは、
なんだか自分の弱点を暴露しているみたいで言いたくない。

男の沽券にかかわる・・・気がする。

あー、でもでも、けどけど・・・。

そんな考えがラビの頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
やがて耐えられなくなったリナリーが笑い出した。

「り、リナリー?」
「ごめんなさい。ラビがあまりにもくるくる表情を変えるからおかしくって。」
「なんだよ、オレは真剣なんさ!?」
「ごめんごめん。」
「笑いながら言われても説得力ねぇし・・・」

すっかり不貞腐れてしまったラビ。
リナリーはなんとか笑いを引っ込めた。

「いつもは喧嘩した時どうしていたの?」
「いつも?」

そういえばいつもはどうしていたか・・・
リナリーに問われて初めて思い返してみた。

そもそもこれまであまりと喧嘩した事がない。
自分がに対して怒った時は解りやすく互いに口論して、謝って終わり。
でも、が怒った時はそうはならない。

元々穏やかな性格をしているし、自分から怒りの感情を露にするのが苦手な方だ。
だから怒っていると解るときにはかなり怒っているものと捕えて間違いない。
こういう時はいつも周りにいる村の人間に聞きまくって原因を探るのだ。
でも、今はその村の人間がいない。

あー、うーと唸り声をあげているラビを見かねてリナリーは口を開いた。

「とりあえず、周りに聞く前にに直接確認したら?」

最も有効な手段である。ラビはしぶしぶ頷くと談話室を後にした。










教団の廊下では普段見られない光景があった。
リナリーが壁際に隠れてこそこそとなにかを見ていたのだ。
お陰で彼女を探していたジョニーは見つけるのに時間がかかってしまった。
早くしなければ気まぐれな室長が仕事を本当に放棄してしまう。

「リナリー!何してるんだい?」
「しーっ!」

振り向いた彼女はジョニーに静かにするよう伝えると、また先程と同じように覗き込んだ。
彼女に倣って同じように壁際に寄れば、誰かの部屋の前に立っているラビの姿があった。

「何してるんだ?」

よく見ればノックをしようとする手を上げたり下げたりを繰り返している。

を怒らせちゃったみたいでね、謝りに来たのよ。」

なるほど、挙動不審な様子はそのせいか。
ジョニーはそう納得するとリナリーにさらに質問した。

「ところで、リナリーは何してるの?」
「ちょっとラビの様子が気になったから着いてきちゃった。」

可愛らしい言い方はしているが、要は覗きである。
とは思いつつも、ジョニーもラビの滅多に見られない挙動不審な姿と、
穏やかそうに見えるの怒りの原因が気になったらしくそのまま様子を伺った。

「まだノックしないわね。」
「どれくらいああしてるの?」
「15分。」

ジョニーは呆れた。
あの様子ではさらに30分位あの場にいそうだ。
そう思った矢先に、扉がひとりでに開いた。

もちろん、教団がいくら世界中のハイテク器具を寄せ集めている場所であっても、個人の部屋に自動ドアなど取り付けていない。
開いたドアの向こうからは部屋の主であるが顔を覗かせた。

「あら、ジュニア。」

彼女が声をかけた瞬間、ラビは遠くから見てもわかるくらいに体を固まらせた。
辛うじて動くことはできているようだが、効果音をつけるなら「ギシ、ギシ」が適切だろう。

「どうしたの?なにか用事?」
「・・・あ・・・」
「ジュニア?」

カチーン

ますます固くなったラビは最早言葉を発することもできない。
もその様子を不審に思いひらひらとラビの目の前で手を振るが無反応。
やがては小さくため息をついた。

「今お茶を入れようと思ってたの。
 村から持ってきた木苺の紅茶。よかったら一緒に飲んでいかない?」

ラビはおずおずとの顔色を伺ってから、ゆっくりと頷いた。
部屋の中に入った後も様子は全く変わらなかった。
紅茶を飲めば多少もとに戻るかもしれないと考えていたも、そうならなかったことに首をかしげる。
用があるのならばはやく言えばいいのに。
普段の彼ならばそうするだろう。

「何かあったの?」
「へ?な、なんで?」
「挙動不審だから。」

率直に言えば面白いくらいに顔が固まった。
今のラビはとても分かりやすい。

「何かあったんなら話してみてよ。聴くよ?」

優しい言葉をかけられ、ラビは恐る恐る彼女の表情を伺った。
親に怒られた子供みたいにしばらく様子を見て、やがて恐る恐る口を開いた。

「あ、あんさ・・・」
「うん?」
「あの・・・」


がんばるんさ、オレっ!


「あの、なんで・・・怒ってるんさ?」



「え?」










沈黙。










絞り出したありったけの勇気はなんだか空回りになってしまったような気分だ。



「誰が?」
が。」
「何に対して?」
「オレに対して。」










「怒ってないよ?」










またも沈黙。










「嘘さ!ぜってー怒ってる!なんでさ!?オレなにしたんさ!!??」
「なにもしてないのに怒れないよ。」

捲し立てるラビに落ち着くように促し、紅茶をすすめた。

「どうして怒ってるって思ったの?」

今度はが質問する番だ。

「どうしてって・・・」

ラビは言葉を様に視線をあちこちにやって考えを巡らすと、思いきって口を開いた。

「笑顔がぎこちないんさ。」
「え?」
「なんか、固いっつーか、ぎこちないっつーか・・・」

にはその自覚はなかった。
しかし、ふと思い返してみれば確かに馴れない環境で少し気を張っていたかもしれない。

「それに・・・」

他にもあるのだろうか?
ならば気を付けよう。と耳を傾けたところでラビはまた視線を少し泳がせた。

「それに?」
「・・・がオレを名前で呼ばない・・・」
「へ?」










一時停止。










「・・・名前?」
「そーさっ!がオレのこと『ジュニア』って呼ぶときは決まってオレに対してメチャクチャ怒ってる時か
 オレのことをムッチャクチャ避けてる時しかないんさ!
 なんでさ!?オレ一体なにしちゃったんさ〜っ!?!?」
「ちょ、ちょっとジュニア、落ち着いて!」

パニックになりかけているラビを落ち着かせるために口を開いたが、失言。
「また『ジュニア』って呼んだーっ!!」とますます叫ばせる結果となってしまった。

「あ、ご、ごめん・・・あ、あの・・・」

つられて慌てる。 だが自分のことで精一杯なラビはその事に気がつくことがてきない。

「あ、あの・・・落ち着いて・・・
 っ・・・―――っ!」

叫ぶようにが口にした言葉を聞いて、ラビはようやく落ち着きを取り戻した。

・・・それ・・・」
「もう・・・村での名前呼ばないようにしてたのに・・・」

思わす叫んでしまったの故郷でのラビ専用の名前。
通常それを村の外で口にすることは許されていない。

「あなたのせいよ・・・マーカーが掟を破るだなんて・・・」
「ごめん・・・」
「何笑ってるのよ〜。」

謝りつつもついついにやけてしまっていた顔をは見逃さなかった。

「わりー。でも、に名前呼ばれてなんか嬉しくなっちまってさ。」

照れた顔でそんなことを言われれば怒るに怒れない。

「バカ。」
「へへ。」

小さな悪態も今のラビには痛くも痒くもない。

「でも、びっくりした。まさか名前を呼ばないだけであんなに取り乱すなんて。」
「イヤイヤ、さん?オマエが俺を『ジュニア』って呼ぶときの状況をよく思い出すさ。
 まともに相手もしてくれなければ、下手をしたら無視されるんだぜ?
 理由解ってるときならともかく、そうじゃない時は恐怖以外のなにもんでもないさっ!」
「なるほど。あなたにそんな弱点があったとはね・・・今度からはもう少し意識するわ。」

どこか面白がっているように聞こえなくもない言い方に、ラビは少しむっとした。

「っていうか、もなんで名前で呼ばないんさ?」
「だって、あの名前は村での専用の名前でしょう?外で呼べないわ?」
「そうだけどさ・・・」
「それに、せっかく二人で考えた名前だもの・・・大事にしたいじゃない・・・」

そうつぶやいたの瞳は少し遠くを見ていた。
きっと、昔を思い出しているのだろう。
その想いに、ラビは心が温かくなった。

「さんきゅ。でも、それだったら、今のオレの名前で呼べばいいさ?」
「呼べるわけないじゃない・・・」

意外とすぐに返ってきた否定的な返事にラビはまた「なんで!?」と慌てだした。

「だって、私まだ教えてもらってないもの。」
「へ?」
「今の名前!教えてもらってない。」
「みんな呼んでるだろ?聞いてなかったんか?」
「そうじゃなくって・・・まだあなたに教えてもらってないのよ。」

そう続けた彼女の瞳はとてもまっすぐな想いを含んだものだった。

「・・・そっか。」
「うん。」

そういえば、昔からはラビのことをどう呼ぶかひどく気にしてくれていた。
きっと今回も、自分が今の名前で呼んでほしいと思っていないかもしれない、とか考えていたのか・・・
それとも、もしかしたらきちんと名乗らなかったのに少し苛立っていたのか・・・
どちらにせよ、ラビは彼女の気持ちがとても嬉しかった。

「んじゃ、自己紹介でもすっか!」
「うん!」

返ってきた笑顔はあのころのまま。
改めてする自己紹介はちょっとくすぐったい気持ちにさせる。
でも、同時に暖かい何かが胸の中に生まれた。





「はじめましてっ!ラビっす!」
「はじめまして!ラビ。です。これからもよろしくね。」
「ああ、よろしくな。。」






<コメンツ>
 連載過去偏、ラビの弱点!
 
 名前って、やっぱり大切ですよね・・・
 彼女にとっても、名前で彼のことを呼ぶことはとても大切なことなのです
 だからこそ、何気ない日常の中でも、どんな風にラビのことを呼ぶのかは常に意識している・・・
 そして、そんな彼女だから自分がどんな風に呼ばれるのかラビも気になるんです。
 そりゃもう、呼び方ひとつで取り乱しちゃうほど!(笑)

 そして、彼女はこの件でラビ自身も気にしているのだと気づきます。
 うれしい気持ちでいっぱいです。
 でも、時々それを利用しちゃいますv(女版コムイさんもどきだから)

 そんな、ほのぼのとした二人の絆を表現できてたらいいな〜って思います。