「うん。うん、解った。じゃあ、また行き先が変わったら教えてね〜!」 会話を終えて電話の受話器を置くと彼は一つため息を漏らした。 「どうしたんスか?室長。」 「いやね、ティエドール元帥がホームに戻ろうとしないでまた放浪の旅に出ちゃったみたいで・・・」 困った顔で告げられたコムイの言葉は質問を投げ掛けたリーバーも同じ顔にさせた。 「マリや神田も大変ッスね。」 「んー。だから、一番近くにいたエクソシストに加勢してもらおうと思って。」 丁度その時一人のファインダーが受話器を手に現れた。 「と、言うわけだから、 ちゃん、至急そこから東に向かってくれない?」 『コムイさん?東に向かうのは構いませんけど、説明はちゃんとしてくださいよー。』 「えー?だって ちゃんしっかり僕とリーバー班長の会話聞いてたんでしょー。」 ぶーぶーとワザとらしく文句を言えば『あ、バレてました?』なんて可愛らしく返事が返ってくる。 リーバーは二人の会話を聞いてどこか安心していた。 ここしばらくホームは緊迫した空気に包まれていた。 そんな中で見つけた「普段通り」の出来事。 心なしか彼女と話しているコムイも表情が和らいだ気がする。 今回 に頼む任務で彼女の帰還が遅れるのは非常に残念だが、今の戦況を考えれば致し方ない。 「でも、気を付けてね。できるだけ早く元帥たちと合流するんだよ?」 『解ってますよ。もう、心配性だなぁ。』 クスクスと笑う声は極めて明るい。 彼女とて今の状況をわかっていないわけではないのに。 『それじゃあ、行ってきます。』 「うん、いってらっしゃい。」 願わくは、彼女たちが無事にホームに帰ってくることを祈って。 駅にたどり着くと、固まった体を伸ばしながら電話を探す。 コースを変えていないのであれば、恐らく元帥たちを追い越しているだろう。 それにしても、ティエドール元帥の気まぐれにも困ったものだと は電話にゴーレムを繋げながら心の中でぼやいた。 コムイ経由でマリから伝わる情報を整理していればなんとなく東に向かっているのが解るのだが、 その場で通りかかった馬車やら、馬やらを使って移動しているため、正確な位置がなかなかつかみづらい上に、徒歩では到底追い付くことができない。 一か八かで列車に乗ったはいいが、果たして合流することができるだろうか。 はここ数日の自身の苦労を思い返し、ため息をついた。 『あ、 ちゃん、お疲れ様。』 電話に出たコムイの声が酷く自分を気遣ってくれているように感じるのは気のせいではないだろう。 「お疲れ様です。今オムスクに到着しました。その後マリから連絡はありますか?」 『今のところ進路変更の連絡は来ていないよ。 夕方には電話を入れてくれると思うから今日はそこで宿をとって しっかり休むといいよ。』 「はーい!マリから連絡あったら小金を稼いでるって伝えてください!」 『それはいいけど、ちゃんと休むんだよ?ローブもしっかり着て団服を隠してね?』 「はいはい。了解してます!夜にまた連絡しますね!」 コムイの心遣いに感謝しながら、 は受話器をおろした。 彼がそこまで気を使うのはもちろん最近世界各国で起こっているノアの一族による神狩りを気にしてのこと。 通常、任務に当たるエクソシストに団服を隠すよう指示することは有り得ないが、今は仕方がないと言える。 お陰で の旅は苦労の連続だった。 まず、団服を隠しているがために、教団の様々な特権を利用することができない。 少しでも危険を減らすためにホームへの通信も経費申請も最小限にとどめている。 その為 の旅は移動手段においても金銭的においても、通常よりもかなりハードなものとなっていた。 その上、元帥の気まぐれに振り回されているために は彼等と合流するという当初の目的を達成できないでいた。 決められた時間に連絡を入れても入れても元帥一行の居場所がわからないこともあれば、 ようやくホームへの一報が入ったと思えば予定よりもかなり北の街にたどり着いていると到着してから解ることもしばしば。 その上、既に次の街へ向かっていることさえある。 その度に教団から予め渡されていた僅かな資金と、道中自分で稼いだお金を使って進路を変更し、元帥たちの少し先の街を目指せばまた同じような事態が待ち受けている。 予め待ち合わせる街を決めたこともあったが、元帥が伝えたにも関わらず先に行ってしまったなんてこともあった。 こうした日々が四週間を過ぎようとした頃、痺れを切らした が列車を使ってかなり先の街で待ち伏せすることにしたのだ。 入ってきている情報からそろそろ旅を続けるためにも幾つか物を購入しなければならないはずだ。 だからこそ選んだこの町。 小さいながらも様々な旅道具を購入できると解れば寄らないはずもないだろう。 ・・・多分。 は以前世話になったサポーターの宿で小さな部屋をとると広場に繰り出した。 「今回は占いにしよう。」 はそう呟くと宿から借りてきた小さなテーブルセットを拡げた。 占い屋はなかなか商売繁盛できないが、いつ来るかわからない元帥たちを待つには最適だ。 なにより、自分の身を守ることを考えると都合がいい。 は懐に入れていたカードを取り出し、簡単な占いを始めた。 占うのは元帥の居場所。 現在の自分の居場所と比べ、北西に位置していると出た。 上手く元帥を追い越すことができた可能性が上がった。 ここまで辿り着く日数は宿に戻ってから見ればいいだろう。 外でイノセンスの力を使うのはなるべく避けた方がいい。 さて、未来はというと・・・ 「東の海?」 どういうことだろうか? 「あら?占い師かい?」 考えようとしたところでお客が来たために は慌ててカードを片付けた。 「ええ、そうですよ。」 「珍しいカードだねぇ。」 「私の故郷で代々伝わっているものなんです。よろしければ何か占いますよ?」 「いやいや、別に占ってもらうこともないんだけど・・・」 「あ、お代は結構ですよ。この町での最初のお客様から何かもらったりしません。 実は見ての通り暇でして・・・占いの評判を広げていただけたらなーって。」 お代はそれでお願いします、と続ければお客は大声で笑った。 「商売上手ねぇ。アタシそういう子嫌いじゃないよ。」 女性はそのまま の向かいに置いてあった椅子に座った。 世話好きそうな雰囲気からきっと一人で座っている若い占い師に気を使って声をかけてくれたのだろう。 は世間話を交えながら占い始めた。 「おばさんよく占い師に占ってもらってるんですか?」 「いやー、あんまりしたことなくってね。」 「あら、私に話しかけてくれたからてっきり占い好きなんだと思った。」 「可愛らしい子がここいらじゃ珍しい占い師やってるみたいだから気になっちゃってね。」 「じゃあいい人に声かけてもらって得しちゃった気分。」 すらすらと進む会話。 その合間に はお客にカードをくってもらい、所定の位置に並べた。 そして、一枚ずつ必要なカードを捲り読み解く。 この占いの二日後にはある程度の行列を作り上げることができた。 元帥を待つこと7日。 そこそこの売り上げを稼ぎ、これで少しの間なら旅の費用を補えるほどになった頃、 は待ちくたびれていた。 2日前にコムイに連絡を入れた時点では少なくともまだ自分がいる街より西にいることは確認できた。 まあ、あくまで現在から3日前に相当する情報だが。 後は元帥がまた気紛れを起こして自分がいる場所よりも北か南を通って通りすぎないことを祈るだけだ。 万が一さらに気紛れを起こして本部に帰ったのであれば万々歳だ、ということにしておこう。 そうでなければやりきれない。 さて、そうなれば自分はどう行動しよう。 「ここからだと本部に戻るよりもアジア支部にいった方が早いかしら?」 ぼんやりと頭の中に世界地図を思い浮かべ現在地を確認する。 うん、やはりアジア支部を目指すのが妥当だ。 コムイさんに会える日が遠くなるが、久しぶりにバクさんやフォンの顔を見るのもいいかもしれない。 の思考回路はもはや現実逃避の域に達していた。 今日宿に着いたら早速コムイさんに連絡しよう。 それでアジア支部へ行ける許可がもらえたら明日にでも旅立とう。 旅立つ直前にこの付近にいるアクマを全部破壊してもいいかもしれない。 大量のアクマが何やらどこかに向かっているらしいという報告が本部に入っているらしいが、一体くらいはこの町にも残っているだろう。 「うん。八つ当たりには調度いいわよね。」 黒い笑みを浮かべて は誰もが驚くスピードで手元のカードを繰っていた。 今の彼女ならばアレンとカードでなかなかいい勝負ができるかもしれない。 「そんな殺気を放って座っていたら売り上げが落ちると思うが。」 不意に聞こえた声はなんとなく聞き覚えがあるものだった。 はカードを扱う手を止め、そちらを見やる。 「マリ!」 「元気そうでなによりだ。」 ようやっと登場した待ち人の一人。 はさっきまで感じていた苛立ちを一瞬で忘れ去るほどの喜びを感じた。 「もう!今日来なかったら移動しようと思ってたのよ?」 「すまん。師匠が少々寄り道してな。」 「それで元帥と神田は?」 「先に宿に入っている。」 「りょーうかい!じゃ、今日は店じまいとしましょうか。」 「手伝おう。」 さっとカードを仕舞い、テーブルクロスに手をかけたところでマリが申し出てくれた。 「ありがとう、助かるわ。」 ヒョイと折り畳んだテーブルセットをマリが持ち上げると、 は改めて彼の身体の大きさを認識した。 自分が運ぶと大層大きく見えるそれは今は彼の小脇に抱えられている。 「宿はどこなの?」 「コムイに聞いてお前と同じにした。」 「あら、そうなの。コムイさんへの報告は?」 「まだだ。」 「じゃあ、早いとこ宿に帰って電話してあげないとね。」 宿に待機しているであろう元帥と神田がホームへ一報を入れているとは考えにくかった。 はそこでにこりとマリへ笑いかけた。 「そうだ、マリ。コムイさんへ連絡入れている最中、元帥がどこかへ出掛けないようにしっかりと見張っておいてね。」 「ああ。」 「その前にキッチリとこれまでの経緯と今後の予定を教えてもらわないと。」 非常に穏やかな口調とは裏腹に、ペキッパキッと指を鳴らす彼女をマリはあえて見ないように努めた。 宿に戻ってから はてきぱきと借りていたものを返すと、さっさとティエドール元帥の元へ向かった。 「失礼いたします。ティエドール元帥いらっしゃいますか?」 微笑みを浮かべながら入室した を迎えたのは相変わらず穏やかな雰囲気を醸し出している初老の男性だった。 「いやー、 久しぶりだね。」 「元帥こそお変わりないようですね。」 は笑顔を作りつつ、視線を神田へ向ける。 相変わらず無愛想な男は彼女の視線の意味に気がついたのだろう。 小さなため息を漏らし、すっと部屋を出ていった。 「いやー、今回は悪かったね」 にこにこ笑う元帥には、本当に悪気がないのは見てとれる。 だからこそ、本当に性質が悪いと は思った。 ニコニコと意識して作った笑顔も少しずつ自然なものに変化していってしまう。 ここは心を鬼にして主張しなければならないところなのに。 「色々と苦労を掛けてしまってすまないね。」 「いいえ。ところで元帥?」 「ん?なんだい?」 「これからどこへ向かわれるのか、教えていただけますか?」 「あー・・・」 そう、まずこれを聞かなくてはならない。 でなければこれから必要となるだろう道具も揃えられないし、心配してくれているホームのみんなに連絡もできない。 頑張って笑顔でティエドール元帥と見つめ合いながら はその答えが良いものであることをただただ願った。 「行き先ね・・・んー、実は明確には決まってないんだよね。」 のこめがみがピクリと動く。 同時に彼女の中で、なにかが音をたてて崩れた。 「そうですか。」 静かな の声が、部屋の中に響いた。 次の瞬間、二人のいる部屋のカーテンがさっと独りでに閉まる。 の背後にあったドアもカチリと音をたてて勝手に鍵が閉まった。 「・・・ くん?」 なんとなく不穏なものを感じたティエドール元帥の額から汗が流れた。 それは突然変わった 空気のせいなのか、ところどころ目に映る光のせいなのか、ティエドール元帥には把握できなかった。 目の前の少女は胸の前で手を組み、聖女のような笑顔を浮かべていた。 「すみません、元帥。 最近イノセンスの調子が悪いみたいなんです。 だから・・・ちゃんと避けてくださいね?」 その直後、部屋の中のありとあらゆるものが光り、宙を舞った。 突如響いた騒音を確認し、部屋の外で待機していた神田は本当に小さなため息を漏らした。 『一先ずアクマたちの向かった先へ様子を見に行くつもりみたいです。 あの大量の移動と突然始まった神狩りの原因を突き止めたいと。』 「じゃあ、予想通りこのまま東に向かうんだね。」 機嫌の良い相手の声を確認しながらコムイは受話器越しに笑いかけた。 「で、元帥は今どうしてるの?」 『なんだか少しお疲れみたいで、部屋でお休みになられていらっしゃいます。』 「そっかー。神田くんとマリくんは?」 『神田は元帥の部屋の外で待機してます。マリは元帥のお世話をしているんじゃないですか。』 「あははは。二人を困らせちゃダメだよ、 ちゃん。」 『あら、元帥がお疲れになったのはそもそも二人が自分のオ師匠サマときちんとコミュニケーションできなかったからですよ? そのオ師匠サマの介抱するのは当然のことです。』 妙に丁寧な彼女の口調を聞きながら、コムイはほんの少し二人を哀れに感じた。 悪魔で少しなのは、これまで彼女がしてきた苦労を知っているからだ。 「ははは。んで、なにしたの ちゃん?」 『あら、人聞きの悪い。大丈夫ですよ、コムイさん。何もしていませんわ。』 「ほんとかなぁ?」 『もちろんですわ。ただちょっと・・・』 「ん?」 『イノセンスが、ステレイト・エンブレムが少しだけ暴走したくらいです。』 「そっかー。暴走ねー。」 『はい、大変でした。』 「誰が?」とはあえて聞かないコムイであった。 会話を終えて電話の受話器を置くと彼は小さく笑いを漏らした。 「どうしたんスか?室長。」 「いやね、電話の向こうで ちゃんがお嬢様言葉で話しててね。」 困った顔で告げられたコムイの言葉は質問を投げ掛けたリーバーも同じ顔にさせた。 「・・・マリや神田も大変ッスね。」 「んー。まあ、今回はしょうがないよね。 エンブレムが暴走したせいで元帥にはきちんとお灸が据えられたみたいだし、問題ないんじゃないかな。」 「暴走・・・ねぇ・・・」 少し遠い目をしながらリーバーは呟いた。 ふと頭を過ったのは一度化学班のメンバーが彼女を激しく怒らせてしまった時のこと。 あのとってつけたような言葉づかいときれいな笑顔の組み合わせは、かなりの迫力があった。 今思い出しただけでも軽く身震いしてしまう。 そして、現在それと対面しているはずであろうマリと神田に少しの同情心を抱いた。 だがまあ、コムイの言う通り今回は仕方がない。 散々振り回されたのだ。 も怒って当然だろう。 それに、案外それほど心配する必要もないかもしれない。 元帥が充分に反省をしていればこの件で再びイノセンスを「暴走」させることはないはずだ。 の良いところは一度爆発させた怒りをまったく引きずらないことだ。 「そういえば、ティエドール元帥達はこの後どうするんです?」 「うん、東に向かったアクマたちについて調べるつもりみたいだよ。」 「じゃあ、アレンやリナリーたちと向かう方角は一緒ッスね。」 「そうだね。」 にっこりと笑うコムイの笑顔はどこかさびしそうにリーバーには見えた。 「大丈夫ッスよ。みんなきっと無事に帰ってきますって。」 「うん。そうだね。」 待つということは、なんともどかしいのだろう。 同じ痛みに耐えるコムイを見やりながら、リーバーは思った。 願わくは、みんなが無事にホームに帰ってくることを祈って。 |
<コメンツ> 待つ方も、待たせる方も、どちらも大変。 でも、そこに想いがあれば、それは優しい時間となる。 |
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