Twinkle twinkle little star,
   How I wonder what you are・・・・





夜に覆われている崖の上の古城。
その屋根から聞こえる小さな歌声。
は誰もが知っているその童謡を口ずさみながら夜空を見上げていた。
吸い込まれそうなほどの満天の星。
その夜天光を一身に浴びながらは静かに目を閉じた。

すると、肩を優しく何かが包み込む感触がした。
驚いて目を開けると、夜風に触れていた肩の上には暖かそうな毛布があった。

「風邪ひくさぁ。」

声のしたほうを見れば、いつの間にか隣にラビが腰を下ろしていた。
少しだけ口元がへの字に曲げられてはいたが、
声音から連れ戻しに来たわけではないことが解った。

「ありがと。」

肩にかかった毛布を引き寄せて笑顔をこぼせば、
隣に座った彼も同じように笑ったのが感じられた。

「懐かしい歌、歌ってたな。」
「なんかこの夜空を見てたらついね。」

確かに、とラビは思った。
眼に映る満天の星々に先ほどの童謡はよく似合う。

「確かに、歌いだしたくなっちまうさ。」

はそれを聞いてクスクスと笑うと、また夜空を見上げた。
口から流れるのは先ほどと同じ歌。





   Twinkle twinkle little star,
   How I wonder what you are.
   Up above the world so high,
   Like a diamond in the sky.
   Twinkle twinkle little star,
   How I wonder what you are.



         (きらめいている小さな星よ、
          あなたが何か不思議だわ。
          世界のはるか上にいて、
          まるで空のダイアモンドのよう。
          きらめいている小さな星よ、
          あなたは一体何なのか。)





「火の塊さ。」
「もう、夢壊さないでよ・・・」

おどけて言うラビに苦笑いで返事を返す。

「へへへ。
 なあ、?その歌も良いけど、オレはフランス語のやつのが聴きたいさ。」
「フランス語?」

言われて、そういえばこのメロディーにはフランス語の歌詞があったことを思い出す。
幼いころ村で時折耳にしていたその歌詞。
は古い記憶からそれを引き出した。

「えっと、確か・・・」





   Ah! Vous dirai−je, maman,
   Ce qui cause mon tourmont.
   Papa veut que je raisonne,
   Comme une grande personne.
   Moi, je dis que les bonbons,
   Valent mieux que la raison.



         (ねえ、聞いてママ、
          なにが私を悩ませているのか。
          パパは私に偉大な人のように、
          理論的になってほしいの。
          でも私はそんなことより、
          飴玉のほうが価値があると思うの。)





英語の歌詞とは大分意味合いが違うそれ。
は歌い終えてから、なぜそれをラビがに歌わせたかったのか気がついた。
なんて回りくどいやり方だろう。
それが彼の優しさだと知っているからこそ、自然と笑い声が漏れた。

「ラビ?」
「ん?」

白々しく笑う顔は、既にがその意図に気がついていることを知っている。
は観念するようにまた笑うと、同じメロディーの上に言葉を乗せた。





   Ah! Tu dirai−je, Lavi,
   Ce qui cause mon tourmont.



         (ねえ、聞いてラビ?
          なにが私を悩ませているのか。)





「「Tu」?」
「ダメ?」
「むしろ大歓迎さ。」

打ってば返ってくるやり取りはとても心地がいい。
やはり彼には他人行儀な「vous」よりも親しみのこもった「tu」がいい。

「とは言っても、実はそんなに悩んではいないんだけどね。」
「そうなんか?」
「うん・・・



だって、私が強くなれば良いだけの話だもの。」



これ以上目の前で命の火が消えていく様を見たくはない。
だったら自分が強くなれば良い。
ただそれだけのことだ。



ああ、でもどうして、人々の悲痛な叫びばかりが耳に残るのだろう。
目を閉じれば、どうして自分を憎しみを込めて見る人々の顔しか浮かばないのだろう。



は無意識に包帯だらけの自分の腕を抱くように握り締めた。

。」

ポンとの頭にあたたかい手が置かれた。
それが誰のものかは見なくとも解る。

「そんなに思い詰めんなって。さっきの歌思い出してみろ。」
「さっきの?」
「ああ。後半どんな歌詞だった?」

そう言われ、一度頭の中で歌詞を繰り返してみる。

「お父さんが望む論理的な考え方よりも、飴玉のほうが価値がある?」
「そうさ。大人のような論理的な考え方なんかよりもずっと大切なものがある。
 無理に大人になろうとしなくってもいいんさ。」
「そんなつもりはなかったけど・・・」
「今のの考え方はそうさ。
 眼に見えているものだけしか見ないで無理に自分を納得させてる。
 だから辛いんさ。」

ラビの言葉はなぜかすとんとの心の中に入っていった。
妙に納得している自分の心。
知らず知らずのうちに、自分はそうやって自分を追い詰めていたのだろう。

「じゃ、どうすればいいの?」
「考え方を変えてみるんさ。」

ゆっくりと頭をなでるラビの手。
優しい手つきのそれはの心を素直にさせた。

は人々から家族を奪ったんじゃない。
 想い合う人たちの魂を一緒にしてあげたんさ。」

そう、アクマとして呼び戻された魂と、
そのアクマが被っていた愛する者の魂を、
ふたたび共にしてやったのだ。
ただ、生きている人間にはそれが誤解されているだけなのだ。

「でも、それも充分理屈っぽい気がする・・・」

くすくすと笑いながら呟かれた言葉には、先ほどよりも影を感じなくなった。

「それも考えようさ。」
「そういう甘い考え方なら確かに素敵ね。」
「甘い甘い飴玉みたいだろ?」

暗闇に響く笑い声は場の空気を明るいものへと換えてくれた。

「ね、ラビ。」
「ん〜?」
「星って不思議ね。きらきらと輝いていて、見ていて心が落ち着くの。」
「ん。」
「昔誰かが、人は死んだら星になるって言ってた。
 だからさ、星がきらきら光るのは、死んだ人たちが楽しくお話をしているからって、
 そんな風に思える気がしてきたよ。」
「そっか。」
「私が壊したアクマにされた人たちも、きっとそうして輝いているよね。」
「そうかもな。」

その瞳からいまだに悲しみの色は消えていない。
それでも、自然とこぼれたの微笑みをラビはとても綺麗だと思った。

「うん。やっぱにはそういう笑顔のほうが似合うさ。」
「軟派男。」
「オレは真面目さ!」

軽口の叩きあいは照れの隠しあい。
深刻すぎる雰囲気はやっぱり自分たちには合わない。
ラビはぽんぽんと軽くの頭をたたいた。

〜。」
「なに?」

まっすぐに自分を見る瞳は、輝きを失っていない。
夜空の星々も綺麗だが目の前の小さな星も、とても澄んだ光を放っている。
ラビは安心したように笑うと、今度は自分が歌を歌った。





   Then the traveller in the dark,
   Thanks you for your tiny spark.
   He could not see which way to go,
   If you did not twinkle so.
   Twinkle, twinkle little star,
   How I wonder what you are!



         (暗闇にいる旅人が、
          君の小さな光に感謝する。
          君がそうやって輝いてくれなければ、
          彼はどこに行けばいいか見えなかった。
          きらめいている小さな星よ、
          君が何か不思議に思うよ。)





それは英語の歌詞の第三番。
なぜ彼がその歌詞を突然口にしたのか、は不思議でならなかった。

「ラビ?」
「星にはな、他にも言い伝えがあるんさ。」

から眼をそらした彼はまた夜空を見上げた。

「東の方のどっかの国の言い伝え。
 あの星の一つ一つが生きている人間の輝きなんだってさ。」
「今まで聞いていたものとは逆の言い伝えだね。」
「いろんな捉え方があるんさ。
 きっとがんばって生きている奴がすっげー眩しく見えたんだな。」

物事にはいろんな考え方があるように、
文化によっていろんな捉え方があるものだ。
それは当たり前のことなのにとても忘れられやすい。

「がんばった分だけ輝ける・・・か。」
「ああ。だから、。思いっきり悩むさ。」
「ラビ?」
「悩んで、悩んで、んでどんどん強くなれ。」

力強い言葉は、とても強い想いが乗っていた。
でも、どこか彼自身に言いているようにも感じるその言葉。
ラビはこの言葉をずっと自分に言い聞かせてここまでやってきたのだろうか。

「んで、ずっと笑っててくれ。」

普段ならこんなむずがゆい雰囲気、絶対笑い飛ばして変えてしまう。
なのに、なぜかそうすることができないほど、ラビの目は真剣だった。

「旅人は、道に迷ったら星に頼るしかないんさ。」

旅人。
それは誰をさしての言葉か。

が迷ったら、道を照らしてやれるようになる。
 だから、もオレが迷ってもいいように、輝きを失わないで欲しいんさ。」

いつの間にか、の頭に置かれていた手は彼女のイノセンスが納まっている右手に触れていた。

「ばーか。」

ひねくれた言葉を発し、顔をそらす
でも、触れた手を解くことはしない。
ラビはその反応を見て笑いを漏らした。





「そろそろいかねーとな。風邪ひいちまうさ。」
「うん。あ、この毛布どこから持ってきたの?」
の病室。」
「へ〜。」
「そーいえば、婦長がメチャクチャ怒ってたな〜。
 病室にいるはずの怪我人がいないって。」
「え!?」

しげしげと自分を包む毛布を見ていたの視線が、勢い良くラビのほうに向いた。

「あの婦長、怒るとスンゲ〜こえーんさ〜。ま、がんばれ。」
「え、やだちょっと!そういうことはもっと早く言ってよ!」

慌てだしたをみて、ラビの顔はいたずらっ子のような表情に変化していく。

「自業自得さ〜。」
「え〜!そんな〜!」
「心配させた罰さ!ま、必死に謝って許してもらうんだな。オレもついてってやるからさ。」
「う〜・・・」

しぶしぶとは頷き、自分の羽織っていた毛布を手に立ち上がった。
薄い生地でできた白い病室着と、腕に巻かれた包帯が痛々しい。
それでも、それがなお彼女の輝きを引き立てているように不思議と感じる。
名残惜しそうに夜空を見上げていたに、ラビはもう一度声をかけた。

、次に星が見たくなったら、今度はオレも誘ってくれな。
 話し相手にはなれるからさ。」
「うん。ありがとう。」

にっこりと笑う彼女の頭を軽く小突いてから、
二人は病室へ戻るべく足を踏み出した。






彼女を病室に送り届けてから、ラビは通りかかった窓から輝く星々を見上げた。

は知らないだろう。
今までどれだけ自分が彼女の笑顔に助けられていたか。

は知らないだろう。
ログのため戦地に降り立つたびに星空を見上げ、彼女と彼女の村へ想いをはせていたことを。

でも、それは絶対に口にしてなんかやらない。





「旅人は、知らず知らず星を求めてるもんなんさ。」





自室へ歩き出したラビは小さな声でまたあの童謡を歌っていた。





   Twinkle twinkle little star,
   How I wonder what you are.
   Up above the world so high,
   Like a diamond in the sky.
   Twinkle twinkle little star,
   How I wonder what you are.





<コメンツ>
 プチシリアスな話に仕上がっちゃいました!
 うーん・・・うまくまとまらない・・・
 文才がほしい・・・(泣)

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