教団に戻って二日目の午後。

たまたま外の様子を見たら珍しく暖かな木漏れ日が森に射していた。
こんな日は外に出ない方がもったいない!
そう判断したは、途中で図書室に寄って目についたものを一冊拝借すると、まっすぐ森に足を向けた。











本のページを数枚めくって、は小さなため息を漏らした。
なんとなく覚えのある文章が連なっていた。
表紙は見覚えのないものだったから、おそらく前読んだ本の別版を持ってきてしまったのだろう。
戻って別の本を持ってくることもできるのだが、それがとても面倒に感じてしまい、はそのままその本を読むことにした。

柔らかい風が吹き抜ける。
さわさわと揺れる木の葉たちの会話を耳にしながら、はゆっくりと本のページをめくった。
なんて贅沢な時間だろう。

「こんなこと、科学班のみんなに言ったら泣かれちゃいそうね。」

クスクスと一人笑いながらまたページを捲った。






物語もそろそろ佳境に入るところ。
大根を片手にドラゴンの巣にたどり着いたアンドレフが一歩、また一歩と暗い洞窟の中を進んでいく。
そして、突き当たりの角を曲がろうとしたその時・・・






ゴンっ!
「あいたっ!」

頭に衝撃が走った。
は痛む頭を抑え、きっと物語の中のアンドレフ君が感じているのはこんな痛みではないか、とちょっと的外れなことを思った。

「っていうか、いったいなにがぶつかってきたのよ!?」

こんなところであれだけの衝撃を与えるものが降ってくるわけがない。
は辺りを見回した。
すると、右手側に気配を感じる。
うまい具合に幹に引っ掛かったのであろうそれは、金色のゴーレムだった。

「あなた、確かアレンくんと一緒にいた子よね?」

コロンと転がっているそれは動く気配がない。
このまま落ちてしまっては困るので、はそのゴーレムを膝の上に乗せた。
持ち上げても動く気配がないそれを見て、もしかして故障してしまったのでは?と心配になった。

「コムイさんのところへ持っていくべきかな?」

っバサバサ!

「あ、動いた。」

タイミング的にコムイの名前に反応して動いたように見えなくもない。
ゴーレムまでもがコムイの修理を嫌がるのか、とは小さくため息を漏らした。

「大丈夫よ、連れていかないから。」

そう口にした瞬間にピタッと暴れなくなったことから先程の考えが強ち間違っているわけではないと悟らされた。
一体なにをしたのだ、あの男は。

「それより、なんで上から落ちてきたの?」

金色のゴーレムはバサバサと宙に浮かびながら、器用に体を横に傾けた。
も吊られて同じ向きに顔を傾ける。

「よく解んないってことかしら?」

今度はの頭の上を旋回するゴーレム。
はそれを肯定と捉えた。
表現力豊かなゴーレムだ。

「アレンくんのとこに戻んなくっていいの?」

今度は空中で回るのを止め、キョロキョロと辺りを見回し始めた。

「んー・・・じゃ、しばらく一緒にいる?」

ゴーレムはの言葉をよく理解しているようで、彼女の膝の上に降り立った。










贅沢な時間がまた続く。
そよ風の音、本をめくる音に、金色のゴーレムが羽を動かす音。
あわただしい毎日からがあるからこそ感じる貴重な時間。

の手の中にある本ではアンドレフがドラゴンを救ってやりたいと口にしたせいで、
周りから攻められてしまっていたところをほかの友人たちに助けられていた。
皆が笑顔を交わしている様は読み手側の心も暖かくしてくれた。

「アンドレフ、いい子だな〜・・・」

しみじみと呟いたに答えるかのように、膝の上にいたゴーレムが二、三度羽を上下に動かした。











「ティムキャンピー!」

不意に聞こえた声に金色のゴーレムがまた宙に浮く。

「どこに行ったんだ、ティムー!」

確か、あの声は昨日聞いた。
は小さなゴーレムを肩に乗せると、さっと木から飛び降りた。

「アレンくん!」
さん!」
「お探しなのはこの子かな?」

アレンが近づけば、ゴーレムはまっすぐ彼のもとに飛んで行った。

「ティム!どこに行ってたんだよ。
 すみません、さん。ありがとうございます。」
「ううん。一緒にいれて楽しかったよ。」

にっこりと笑う彼女の手元に本があるのをアレンは見つけた。

「木の上で本を読んでいたんですか?」
「うん。天気もいいし、風も気持ちよかったからね。」

不意に木々がまた葉を揺らし、さーっと音を立てた。
つられて視線を上にあげると、木漏れ日の漏れる森の様がアレンの眼にも飛び込んで来る。
ティムキャンピーを探すのに一生懸命すぎて、気が付いていなかった自然の美しさに目を捕らわれてしまった。

「きれいだよね。」
「はい。」
「こういう何げない喜びって、できるときに堪能しておかないと損だと思うんだ。」

木々を見上げてほほ笑むは昨日食堂で感じた温かさをもっていた。

「そうですね。」
「ここでお茶するのも気持ちいいのよ。」
「いいですね、それ。」
「今度一緒にしましょう?あ、でも化学班の皆には内緒ね。そんな贅沢なことしてたってバレたら泣いちゃうもの。」
「はい!」

いたずらっ子のような顔で笑いあう様を、森の木々とティムキャンピーの羽の音が包み込んだ。











何気ない日常。
ほんの小さな幸せだけれど、心が温かい気持ちで満たされる。
戦いに明け暮れる自分たちにとって、こうした小さな喜びを守ることが大切なんだと、改めて実感するそんな午後のひと時。





<コメンツ>
 小さな幸せって、日常の中でも意外に見落としがちですよね。
 常に戦いに身を投じているエクソシストたちにとって、それが何より大切なんだろうな、と思います。

 今年はそんな小さな幸せを大切にしていきたいな・・・