ふと空を見上げる。
そこには大きな丸い月。

「今日の月はデッケーな。」
「本当ですね。」

隣にいるアレンはオレと同じく空を見上げて呟いた。

「なんだか落っこちてきちゃいそうです。」

その言い方が何となく可愛く聞こえて、オレは噴出した。

「笑わなくったていいじゃないですか!」
「ワリー、ワリー!」

くつくつと笑っているとアレンが拗ねてサクサクと先に足を進めてしまった。
オレはそれを慌てて追いかけて、ふと思い出した。










そういえば、オレは昔、


















月が嫌いだった。


















































幼い頃、夜が怖かった。
静かで、何処までも続いているかの様に感じる闇がただひたすら怖かった。



少し大きくなって、夜が闇ばかりではないことを知った。



そして今度は、月が嫌いになった。




毎晩変化する形や光り方。
不変なもの等ないと思い知らされる気分だった。


なにより嫌いだったのは満月で、闇の中でぽっかりと浮かぶあの真珠が綺麗すぎてムカついた。
まるで闇の中で自分だけが美しいとでも言っている気がして、
この世の汚さを再確認させられている気分だった。
















「石ぶつけたら落っこちねぇかなー。」

思わずそんな言葉が漏れた。
だが、生憎屋根の上に都合よく投げつけられるものなんてなかった。
ちょっとやさぐれた気分になっていたら、後ろから聞きなれた声がした。

「ウィル!」
、眠ってなかったんか?」
「ウィルこそ。
 どうしたの?村に来てから様子が変だよ?」
「別に。」

口から飛び出てきた声は思ったよりも鋭かった。
オレはその事実に驚き、思わずから視線を逸らしてしまっていた。
少しだけ感じた罪悪感に引きずられて目線がますます下に落ちて行ったが、
それでも、頭上から聞こえた声は相変わらず真っすぐで、明るいものだった。

「ねえ、ウィル。私行きたいところがあるの。」















小さな子供にとっては遅い時間帯。
オレとは足を忍ばせての家を出た。

連れて来てもらったのは村から少し離れた所にある谷。
近くに滝があるせいか、そこは微かな霧で満たされていた。
月には少し雲がかかっていたが、手持ちのランプの助けもあって歩くのには差支えがなかった。

「ウィル、寒くない?」
「うん。」

口元までマフラーを引き上げれば、ブランケットを身にまとっていたがにっこりと笑った。
こっちだよ、と引かれた手に従って踏み出した足が、たくさんの露をまとった草花を揺らした。
その場を覆っていた薄い霧がまるでヴェールのようで、幻想的な光景だった。
















あの時、荒んだ心のままでそう思えたのは、
きっと、右手に温もりがあったから。
















「今日は見えるかな。」

連れてこられた岩の上に座るとが呟いた。

「見えるって?」
「とっても素敵なもの。」

キラキラと期待に満ちた瞳で笑っている姿を見てオレは不思議に思っていた。
目の前にあるこの景色はすでに幻想的で美しい。
なのに、は「もっと素敵なもの」があるというのか、と。

バサッと広げられたブランケットにと一緒にくるまったオレは、じっと景色を眺めた。
ぼやっと見える白い花が夜の割にははっきりと見えて、緑の深海に浮かぶ光の様だった。
寂しげな、もやもやとした風景が妙にその時のオレの心が同調した。
静かな世界で聴こえるのは、微かな滝の音と、二つの呼吸だけ。
その空間が妙に心地良かった。





ふいに肩に重みを感じた。
それはいつの間にか眠ってしまっただった。
さっきよりも近くに感じる暖かさに安心感が胸を満たす。

そういえば、こんな気持ちになったのはいつぶりだっただろう。





前回村に着た時の自分と比べて、肩が重く感じた。
前に来たときは、もっと空気が楽に吸えた。
前は・・・今は・・・






「んー・・・ウィル・・・」

ぐるぐると回りはじめた思考は、小さな寝言に遮られた。

?」
「ん〜・・・」

呼びかけても返ってくるのは小さな寝息だけ。
安らかな寝顔を見たら、ごちゃごちゃ考えていることが何だかバカらしくなってきた。











考えることは悪いことじゃない。
でも、今は村にいるんさ。
ここは本が休憩するところ。
今は考えるのやめちゃおう、そう思った。
そしたら、本当に久しぶりに笑えたんさ。











なんだか視界が開けるように明るくなって、オレは月を見上げた。
さっきまで月の上にかかっていた雲が、ちょうど月から退こうとしていた。

「うわぁ。」

それは初めて見た光景だった。
月の少し下に白い帯が掛かって見えたのだ。
もしかして、と思いオレはを起こした。

。」

肩を揺すられたは不思議そうな顔をして目をこすったが、オレの指差す先を見るとすぐにぱあっと瞳を輝かせた。

「見えた!」
「やっぱりあれがが言ってたヤツか?」
「うん!月虹だよ!」
「げっこう?」
「お月様が見せてくれる虹だよ!満月で、霞があるときしか見えないの。」
「あれが、虹。」
「よかったね、ウィル。月虹ってなかなか見られないんだよ。」

にこにこと笑う顔があまりにも嬉しそうで、本当に特別なものを見ているのだと分かった。
不思議な白い帯を目に焼き付けるように、オレはもう一度空を仰いだ。
微かな霧に満たされた空はまるでベールの様で、月の光を優しく包んでいる。
その少し下に、白い帯が、空と地面を繋げようと弧を描いていた。

「ウィル、下も見てみて。」
「下?」

促されて向けた視線の先には、たくさんの白い光。
その正体は月の光を受けて淡く光る花だった。
ただ、さっき見たよりもその光は強くて、まるで――

「星の中にいるみたいだね、ウィル。」
「うん・・・。」

神秘的な光景に包まれて、オレはの手を握った。
返事するように握り返された手はとても暖かかった。

























「ラビ??」

アレンの声ではっと我に返った。

「ああ、ワリィワリィ。なんだっけ?」

苦笑しながらした返事を特に咎めることもなく、アレンは宿の相談を続けた。


思い返せば、あの出来事から月が嫌いじゃなくなった。
そして、まるで原点に立ち返るように、リーブレーメ村を訪れる度に、オレはあの場所を訪れていた。
訪れる度に、前回来た時の自分とその時の自分を比べる。
気持ちも、心も、身体も、前とどう変わったか。
そして、前に進む力を蓄えている。気持ち的に。



「それじゃ、今日はこの宿ですね。」
「だな。」

宿へ向かう道程で、オレはもう一度夜空を見上げた。
そうして、想いをあの日にまた馳せる。
















優しい光は、今も、オレを見守ってくれている。

















<コメンツ>
 ひっさしぶりーな更新です。

 ストーリーの場所ではありませんが、私にも毎年訪れては自分を見つめなおす場所があります。
 私の夢への第一歩であり、目標の場所です。
 今年も自分の為にまた行こうと思っています。