ホームにたどり着いたアレン、ラビ、 はまっすぐ科学班のフロアへ足を向けた。
任務の報告をするためと、なにより壊れてしまった の武器を修理してもらうことが目的だ。

ざわつく部屋を横断し、一人一人に声をかけながら進んでいくと、目当ての人物を見つけ、 は駆け寄った。

「コッムイさーん!」
「あ、 ちゃーん!」
「たっだいまぁ〜!」
「おっかえりぃ〜!!」

大げさなほど大きな声を張り上げ、二人が互いに走り寄る姿はまるで映画のワンシーンのよう。
周りの科学班たちも、生暖かい目で二人の様子を見守る。
が、感動的な再会は突如終わりを告げた。

「そう、れっ!」

元気な掛け声と共に、一本背負いの要領で がコムイを壁に向けて投げ飛ばしたのだ。

アレンの口があんぐりと開く。
抵抗することなく綺麗な弧を描くコムイの身体。
その向かう先は冷たい石でできた壁。

「危ないっ!」

考えるまもなく、その身体を受け止めようとアレンは身を乗り出した。
が、なぜかラビに腕をつかまれ止められる。
見ると彼の顔には焦りが微塵も見えない。
咎めるように名前を呼んでもまったくの無反応。

そうこうしているうちにコムイの身体はもうすぐ壁と接触してしまう。
もう間に合わないと思わず目を閉じるアレン。
大きな衝撃音を覚悟したが、


アレンの耳にはシューッ!ボヨンとなんとも不可思議な音が届いた。

「へ?」



不思議に思って目を見開けば、壁際にはなにやら大きな丸いものがコロコロと転がっている。
そして、それがピタッと動きを止めた瞬間、ズボッという音をたててその天辺からコムイの顔が飛び出した。

「ハハハハハ!どうだい今回の出来はっ!!」

高らかな笑い声を辺りに響かせ、コムイはまた誇らしげにコロコロとその場に転がり始めた。

「ほえー。今回は風船かぁー・・・」
「なんですか、アレ?」
「ん?コムイが発明した衝撃吸収器具。」

はぁ、とどこか抜けた返事を返してきたアレンを見かねて、ラビは説明を続けた。

「毎回コムイが作っては が帰ってきたときにああやって試してるんさ。」

なるほど、それで誰一人としてあの時慌てなかったのか、と妙に納得してしまったアレン。
例え多少おかしいと感じることがあっても、それがこのホームでは普通なのだろう。

「まあ、 とコムイにとったらちょっとしたスキンシップみたいなもんさ。」
「そ、そうなんですか・・・」

なんとなく共にすごす時間が増えるごとに、このホームにいる人々へ抱くイメージが
ことごとく裏切られているように感じたアレンであった。





「でも、コムイさん?今のだと膨らむのが遅すぎない?」

コムイを投げ飛ばした場所からさほど動かずに、が声をかけた。

「あれじゃあ、もっとスピードがあったら膨らむ前にぶつかっちゃいますよ?」
「んー・・・でも、センサーの感度を良くするとバッテリーがねー・・・」
「あ、そっかー・・・」

なにやら会話を始めたコムイと
話しながらコムイのほうに足を向ける彼女に習うように、
それまで見守っていた科学班もぞろぞろとコムイの周りに集まろうとしていた。

「でも、たしかに衝撃吸収には空気が一番ッスよねー。」
「しつちょー!これどれくらいで作ったんですかー?」

興味津々に風船の周りを囲む科学班に混じりアレンとラビも風船に手を触れてみる。
空気で多少弾力があるが、それがとてもしっかりとした素材でできていることがわかる。

「ところでコムイさん?どうやってここから出るんですか?」

ふと頭を過った質問をアレンは投げ掛けてみた。
それは本当に何気ない質問。
すると、そこまで高らかに響いていた笑い声が止まる。
当然ながら、その場にいた人間が共通して思うことはただひとつ。



『考えてなかったんかいっ!!!』



「いやーっ!ハハハハハ!」
「どうすんですか!」
「こんなんじゃ現場で使えないじゃないッスか!」
「っつーか、コロコロと転がってたら狙い撃ちされますよ!?」
「うーん。確実に改良が必要だね☆」

手足までもが風船の中に収まっているコムイはその場で風船を揺らしながらまた笑だした。
畳み掛けるような不満の声にも自分のペースを崩さない彼は確実に大物である。

そこをニヤリと人の悪い笑顔を浮かべ、自分の鎚の先をプスリと射す赤毛の少年。
当然、それまで出口を求めていた空気たちが勢い良く小さな穴から噴射した。

「ああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜・・・・・・・」

くるくると円を描きながら宙に飛んでいったコムイをじっと皆が見つめる。
それを見送ってからが笑顔で口を開いた。

「そっか!ああすれば不規則に飛び出すから、上手く逃げられるかもねっ!」

明るく発せられた の声は明らかに状況を楽しんでいる。

「でも、あれじゃあどこに落ちっかわかんねーから逃げた後に合流すんのが大変さー?」
「やっぱりー?」

調度その時、空中を泳いでいたコムイの身体がポトリと床に落ちた。

「しつちょー、生きてますかー。」
「もちろんだよっ!リーバー君っ!」

元気良く立ち上がりポーズを決める様はとても数百メートル位の高さから落ちたとは思えない。
それを確認してからリーバーは の方に視線を向けた。

「だとよ。」
「はいはーい。
 んじゃ、コムイさんっ!第二段いきますかっ!」

はそのまままっすぐコムイを目掛けて走り出した。
その足取りはとても軽やかだ。

「うぇっ!?あ、ちょっ! ちゃん!?今日はこれしか用意して・・・!」
「聞こえないでーす!」
「『聞くつもりがない』の間違いでしょー!?」
「うふふー!」

きゃーきゃー騒ぎながら全力疾走でおいかけっこを始めた二人。
それを科学班全員でいろんな想いがこもった声援を贈っている。

「賑やかだなぁ・・・」
「ははは。 が帰ってきた時はいつもこんな感じさ。」

そう説明してくれたラビの表情も科学班たちと同じように楽しそうだ。

「でも、あれであの二人は結構真面目にやってんだぜ?
 あの装置も任務で仲間が装着できるように開発してんさ。」
「任務で?」
「ああ。エクソシストの為じゃなく、主にファインダーに持たせてやる為にさ。」
「そうなんですか。」

イノセンスを持たないファインダーは生身の人間も同然。
タリスマンを使ったとしてもそれは対アクマ用、それもレベル1からの攻撃を一時防ぐだけの効果しかない。
最も危険にさらされる彼らに、少しでも身を守るすべを持たせてやりたい。

そんな優しさがこの場にはたくさん溢れていた。



「つっかまえたっ!」
「ぎゃー!」

「ま、あいつら自身も楽しんでるっつーのもあるさ。」
「そうみたいですね。」
「おっと、そうだ。
  ー!コムイに他にも用事あんだろ?忘れちゃダメさ!」

「はーい!」

明るく返事を返事を返して、 はニッコリと笑顔でコムイに向き直った。

「コムイさん。武器がやっぱり壊れちゃった。」
「えー!壊すの早いよ、 ちゃん!」
「ごめんなさい。
 これでも持つように頑張ったんですよ?」
「まあ、最後の任務の前にすでにヒビが入ってた訳だしね・・・」

コムイはひとつ溜め息を吐いた。
そして、どこからともなく紙と筆記用具を取り出し素早く に渡す。
彼女も心得ているようで、すぐさま空いている机に移動し、カリカリとなにかを書き始めた。
コムイはその前に座り、二人であーでもないこーでもないと話し合いを始めた。

「あれは?」
「新しい武器の構想会議さ。」

なんでも、 の武器が壊れる度に開かれる会議らしく、
その時の の要求やコムイのアイディアがふんだんに盛り込まれた考案図を作成するらしい。

「その完成したものを実現化するのがオレたちの仕事ってワケ。」

得意気に続いたジョニーの言葉を聞いてアレンはなるほどと頷いた。
彼女のイノセンスは確かに扱いづらい。
おまけに、自分とは違い装備型のイノセンスの適合者だ。
武器を作り上げるのに彼女の要望を聞くのは当たり前のことなのだろう。
ラビ曰く長期任務の最中に必ずといって良いほど扱っている武器のどれかを壊してしまう。
が長期任務のあとにしばらくホームに留まるのは身体を休めるためだけでなくそういうことも関係しているらしい。

「ちなみに、あの構想会議にコムイが参加してるのは
  の要望と戦闘力とのバランスをとるためもあるんさ。」
「いくら ちゃんが扱えても身体に負担がかかっちゃ意味がないからね。」
「ついでに、企画書が実現可能の域を出ないようにするためもあるんだが・・・」

リーバーは二人に目をやり一旦言葉を止めた。

「でね、ここにリボンがあったらいいな〜って思うの。」
「リボンか〜!うんうん!乙女チックで良いね〜!」
「で、このリボンがびょーんって伸びて、アクマを捕らえたら
 引っ張ってほかのアクマにドカーンってぶつけるとか!」
「え〜、それも武器として使うのかい?」
「戦う手段は多いほうがいいと思うんです、私。」
「どうせならさ〜!」

正直、真面目なのか不真面目なのかよく解らない会話ではある。
あとで に見せてもらったこのときの紙にはいくつかかわいらしい絵も描かれていた。
「リボン結びにされたアクマなど、なかなかの傑作だ」とみんなで腹が痛くなるほど大笑いをすることになる。

しばらくすると、コムイとの話はだんだんとヒートアップしていき、
独特の雰囲気がさらに濃くなっていった。
一体いつ終わるのか、とふと疑問に想いながら見守っていると、先に根を上げたのは腹時計のほうだった。

きゅ〜〜〜

間の悪いところで鳴ったアレンの胃袋。
意外にもかわいらしい音はしっかりと周りにいるみんなの耳に届いていたようだ。
小さな間をおいて、それはその場で穏やかな笑い声を引き出した。

「あの会議はいつまで続くかわかんねえし、とりあえず食堂行くか?」
「はい・・・お願いします・・・」

頬を染めながら答えている間もおなかの虫は合唱をやめない。

〜!俺ら先食堂いってんな!」

「わかった〜!また後でね!
 アレン君も!今回はありがとう!」

「こちらこそ!また後で!」

笑顔でラビとアレンに手を振った後、 はまたコムイと話し合いを再開した。
真剣さの中に響く、その場を明るくする笑い声。
食堂へ向かうために部屋の出口へ向かいながら、アレンはなぜ彼女がコムイに似ていると言われているのか、
なんとなく解ったような気がした。





<コメンツ>
 いつもみんなのためにがんばっている科学班。
 一番危ない場所でがんばっているファインダーたち。
 教団にはたくさんの想いが集まっているんだな〜、としみじみ感じている私です。

 ヒロインもそれは十分わかっている(はず)。
 だからこそ明るく過ごして、みんなと笑いあいたい。
 そんな気持ちから、ヒロインはいつもドタバタとコムイさんと行動しています。

 いろんな想いが、みんなに届きますように。