あれはオレが5番目の名前から6番目の名前に変わるときだった。 まだジジィと過ごし始めたばかりで、いろんなことを記録する作業にまだまだ戸惑っていた頃のこと。 そんな初々しさ満点のオレは移動しながら次のログのときに使う名前に早く慣れようと 何度も何度も6番目の名前を呟いていた。 そのことにあんまりにも一生懸命だったもんだから、 とりあえず前をゆくジジィの靴を追いながら進んでいて、 正直どこをどういってあの村に辿り着いたのかはわからなかった。 むしろ、ジジィに声をかけられるまでオレは村がすぐ近くにあることさえ気付いていなかったんさ。 「―――、着いたぞ。」 呼ばれた名前に違和感を感じながらも怒られないように慌てて顔をあげた。 そこにあったのはどこにでもある和な田舎町。 オレ達がログをとる必要性をまったく感じさせなかった。 一瞬、こんな村にさえ戦争の影があるのかと、絶望感に近い気持ちさえ覚えた。 そんなオレの気持ちが顔に出たんだろう、ジジィはふっと笑ってから一言、安心せいと呟き、 また歩みはじめた。 村に一歩踏み入れてからも外から感じ取った和やかな雰囲気は変わらなかった。 一体『ブックマン』が何の用でその村を訪れたのかが不思議で仕方なかったっけな。 いっそジジィに聞いてみたかったんだけど、そんな間を与えてくれずにズンズン先に行きやがって・・・ きっと今のオレだったら一言怒鳴り付けてたかもしんねぇ。 慌てて追い掛けて、追い付いた頃には家の前で座っている村の老人が何人か見えて、 平和な田舎町らしくおしゃべりをしていた。 そのちょっと先には走り回る同じ年頃の子供たち。 その内一人がオレ達に気付いて「誰か着たー!」と大声を上げた。 それにつられて大人達も視線を村の入り口に向けた。 「おんや?もしかして、カルマじゃないかぃ?」 「あぁ、ホントだよ!カルマだ!」 「ジジィ・・・『かるま』って?」 まるで人の名前を呼ぶみたいに口にされたその言葉に違和感を覚えたんさ。 まあ、その後ジジィに「ここでのワシの名だ」なんて言われたもんだからさらに驚いたんだけどさ。 ジジィはその後すぐに老人達の方へ足を向けた。 既に着いたばかりの時よりも人が増えてて、みんなでオレ達を出迎えてくれた。 「いらっしゃい、カルマ叔父」なんて言いながら迎える村人達に言葉を返すジジィの顔は、 子供の頃のオレにもすぐわかるくらい嬉しそうに見えたっけな。 一通りジジィに声をかけ終わった村人は次にオレを構いだした。 「この子がジュニアかい?」 「可愛らしい子だね。」 なんて口にしながらもみくちゃにされた。 それまでそんな風に人に扱われたことがなかったオレは大いに戸惑ってたさ。 それと同時に、心のなかでなにか妙な感情が沸き上がった。 その感情は、当時のオレでは理解できないものだった。 まあ、今でもちゃんとわかってるかどうかなんてわかんねーけどさ。 でも、きっとあの感情は「初めて会う親戚に構ってもらったときの気恥ずかしさ」に 似たものだったんだと思う。 の村は、オレにとってそんな場所なんさ。 しばらくすれば、ジジィは村人達に連れられてどこかにいっちまった。 いつもより少しだけ緩んでいるように見えたその表情はオレをさらに混乱させるには充分だった。 一人取り残されたオレは適当に村を歩き回って見つけた草むらで座り込んで 一人色々とゴチャゴチャ考えてた。 村に着いてから、いつもと違うことばかりが起こって、軽く混乱してたんさ。 「あなたもしかしてジュニア?」 不意にかけられた声に反応して振り向けば、そこにいたのはオレより少し年下位の女の子。 無視をする意味もないのでとりあえず頷けば、その子は嬉しそうに笑い、オレの近くにやってきた。 「やっぱり!さっきみんなが騒いでたからそうじゃないかと思ったんだ!」 眩しいくらいの笑顔をオレに向ける彼女に、村に着いてから感じていたモヤモヤも忘れ、 オレはつられて笑った。 これが、オレと の出会いだったんさ。 「村きてびっくりしたでしょ?」 「うん。」 素直に答えれば の笑い声が聞こえた。 やっぱ、オレあの頃は素直でかわいかったさー・・・って、そうじゃなくって。 うん、 はあの時からよく笑う子だったさ。 「この村は旅人が大好きだからね。特にブックマンが来るとまた大騒ぎになるし! そういえば、ジュニアはもう名前決まったの?」 「へ?」 「あれ?もしかして、聞いてない?」 その時のオレはきっとものすごくきょとんとした顔をしていたさ。 「名前ってなんなんさ?」 「言葉のまんまだよ。ジュニアがこの村で呼ばれる名前のこと。」 「ジジィが『カルマ』って呼ばれていたみたいにか?」 「そう!『カルマ』は現ブックマンのこの村での名前! それみたいに、この村にいる間呼ばれるジュニアの名前を付けなきゃいけないの。」 「だったら、名前ならあるさ。」 そのまま、その時の名前を口にしようとしたら は慌ててオレのことを止めた。 「ログ用の名前じゃないの! ブックマンはこの村ではログをとらないの。」 そう、 の村ではブックマンはログをとらない。 村人はブックマンを名前で呼ぶ。 その名前はその人物が初めて村に来たときに付けられ、そしてブックマンは時折村を訪れては、 滞在中は常にその名を呼ばれ続ける。 そして、その名前は一生変わることはない。 それが、 の村での決まりごとだった。 後で に聞いた話しでは、その掟は本来なら村に入ってすぐに 村の大人から説明を受けるはずだったらしいんだけど、 その頃ジジィが村に訪れるのが相当久しぶりだったとかでみんなすっかり忘れちまっていたんだと。 ひでぇ。 そこまで聞いて、オレは に村にきてからずっと気になってきたことを訊ねてみたんさ 「この村はブックマンのなんなんさ?」って。 そしたら はちょっと誇らしそうに微笑んで言った。 「ここは本が休憩をするところよ。」 「本が休憩するところ」 や村人達が村をこう形容するのはいい得て妙だ。 確かに、ブックマンはあの村でログをとらない。 いや、別にあの村で起こったことを覚えていないわけじゃないさ! 村で過ごした思い出は大切だし、村人達がとっておいてくれる新聞や 村に置いてある著書は情報を集めるのには最適さ! ただ、「情報」以外の出来事は全部オレ等の個人的な「思い出」であって、歴史の記録には残らない。 まるで、歴史を印すブックマンが記録と言う名の本に走らせる筆を一旦休める様に、 本(ブックマン)は休憩する。 そういう場所だから、オレ達にとっては、とても特別な場所なんさ。 に連れられて彼女の家に行けば、食卓には顔を紅くして微酔い気味のジジィが座っていた。 台所から出てきた母親と言葉を交わした後、 は真っすぐジジィの所に向った。 「 か、大きくなったのぅ。」 「いらっしゃい、カルマ大伯父!」 なんて挨拶する姿はまるで祖父と孫みたいでちょっと複雑だったっけな。 そういえば、あの頃のジジィは今よりも髪が少し多かったな・・・ 「そうだ!カルマ大伯父! ジュニアに村の説明なんにもしてなかったでしょ! もうちょっとでログ用の名前言うとこだったんだからね!」 「そうか。すまんすまん・・・」 まったく悪く思っていなさそうに謝るジジィに対して、 はその年頃のおませな女の子がよくするように 腰に手を当てながらもう!と怒っていた。 「 、なんでそんなに怒ってるんさ?」 「だって!もうちょっとでログ用の名前が村での一生の名前になるとこだったんだよ? ジュニアだって嫌でしょ?」 「なんで?」 「だって一生呼ばれ続ける名前だよ!?」 「だから、なんで口にしたら名前になるんさ?」 「あれ?言ったよね?」 なんて恐る恐るオレに聞く様は今じゃなかなか見れないな。 台所から の母親が彼女を茶化す。 「 、また慌てて忘れちゃったんでしょ?しっかり説明してあげなさい。」 は少しおどけた顔をしてから説明を付け加えてくれた。 ま、掻い摘んで話すと、 の村でブックマンが呼ばれる名前は そのブックマン及びその後継者が最初に名乗った名前になることになってるんさ。 もちろん、ブックマンだから捨てた自分の名前や過去に名乗っていたログの名前は禁止。 そして、決まった名前をその後のログ地でも使用禁止。 つまり、本当に の村専用の名前ってことさ。 今のオレならその後すぐにまた色々疑問をジジィや にぶつけていたかもしんねぇけど、 当時のオレはそんなことよりも一生呼ばれ続ける自分の名前考えることに頭が完全にスイッチしてた。 ブックマン見習いになってからしょっちゅう名前が変わることにちょっとばかし寂しさを感じてたモンだから、 変わらない何かを得られることが、半端じゃないくらいに嬉しかったんさ。 ま、当たり前だけどその後のオレは寝ても覚めても名前を考えるのに必死だったさ! どうせならできるだけカッコイー名前を! なんて年相応なこと思ってたからなっかなか決まんなくって! しまいには に「私が決めてあげようか?」なんて言われてた。 その頃までには と村の誰よりも仲良くなっていた。 人懐っこいあいつの性格ももちろんあったけど、 なにより村での滞在期間中は ん家に泊まるし、その間は の家の手伝いなんかも一緒にやるしで・・・ まあ、仲良くなるなっつー方が無理だよな。 村にいるときのオレとジジィの時間はとってもゆっくり流れる。 でも、穏やかな時間を噛み締める暇もなく、オレは名前を考えていた。 そんなオレを見兼ねてか、 が「世界の偉人辞典」なんてーのをどっかから借りてきてくれたりもした。 それからはオレはいっつもその本を持ち歩いてたから、 毎日の挨拶が「ジュニア、おはよー!またその辞典みてるの?」に気が付いたらなってたさ。 その時の の顔はとっても嬉しそうで、オレが本に挟んでたしおりをさりげなく確認しては 終わりそうになった頃にまた新しい本を捜し出してきてくれた。 名前の意味辞典、物語辞典、なんでそんなモンがあの小さい村にあるのか疑問に感じるほど マニアックな本を次から次へと見つけては渡してくれる にはちょっとびっくりさせられた。 中でも古代文字辞典を手渡されたときはどう反応していいのか正直迷ったさ。 「古代文字ってそれ一つでいろんな意味を持ってるんだって! 選ぶならいい意味の名前がいいと思ったの!」 なんて言ってくるから、全部オレのために探してくれたんだと思って、心が暖かくなった。 その内、本を持って歩くことが当たり前になった。 ジジィにでっかい本を渡されても苦に感じられなくなったのは のおかげかもしんねぇ。 それ位、本を読みまくっていたんさ。 そして、そんなオレにつられるようにその内 も一緒に本を読むようになった。 気が付けば と初めてであった場所はオレ達の読書スペースで、いろんな物を読んでは候補になる名前を紙に印していった。 「あ!ジュニア、見てみて!」 なんて時折声をあげて自分が見つけたことを見せてきたりなんかする とのやりとりは、かなり楽しかった。 そんなあるとき、アジアに関する本を読んでいたが声を上げた。 「あ!カルマ大伯父の名前みっけ!」 指で示された場所をみれば、確かに「Karma」の文字。 「カルマ大伯父の名前ってさ、すごい意味だよね・・・ 『業、宿命』・・・大伯父はどうしてこの名前にしたんだろ?」 「さぁ?」 「んー・・・あ!ジュニア見てみてー!なんかカルマ大伯父の名前と似てるのがある!」 が指差していた辺りを覗き込めばヘンテコな人形の絵の横に『Daruma』と書いてあった。 思わず腹を抱えて大笑いしちまったのはしょうがねぇことだと思う。 だって、そのヘンテコ人形の眼・・・目の周りにくっきりと描かれた太い黒の線は・・・ 「ジジィそっくりさぁー!!」 二人でかなり長い間爆笑した。 「ひぃー、ジジィのセンスサイコー!」 「あのパンダのおめめ、もしかしてこのお人形の真似!?」 しばらくしてやっと笑いが治まった頃、今度は がとんでもないことを言い出した。 「そうだ!ジュニアの名前これがいいよ!カルマ大伯父にちなんで!」 「うぇ!?ぜっったいやだぁ!! かっこわるいさぁ!」 「ダルマって昔いた中国っていう国の偉い人の名前なんだよ!」 「なんでんなこと知ってんだよ!」 「ここに書いてあるもん! お人形さんも倒してもまた起き上がるらしいし、願掛けに使われてるし、いい意味だよ!」 「やだやだ!オレはもっとカッコイー名前にするんだー!」 「カッコイー名前って、例えば?」 「それを今考えてるんさ!」 どうにかして の提案は却下したけど、しばらくはこの話題でからかわれた。 まあ、 らしいっちゃらしいよな・・・ 「でも、かっこいい名前にしたい気持ちもわかるけど、 おじいちゃんになってからでもおかしくない名前を考えなきゃね。」 例えばフランケンスタインみたいな名前付けたら、将来後悔する。 なんて続けた には当然そんなことをしないと否定しておいた。 |
<コメンツ> 連載過去偏、ラビと の出会い・前編 捏造しまくりですが、当サイトではこういう設定ですw 主人公の村はちょっと特殊な村。 どういう村かは後々明かしていこうと思っています。 ああ、ついつい過去編ばっかり書いてしまう・・・w あ、ちなみに、管理人はアニメしか情報源がないため、 最近になって原作の方にブックマンと名前がかぶっている方がいることを知りました・・・ でも、既に頭の中では「ブックマン=カルマ大叔父」で定着しておりまして、 「まあ、向こうは苗字だし!」とか「世の中名前かぶっている人普通にいるし!」とか 自分に言い聞かせて軽くスルーしてしまいました。(笑) テキトーですみません。m(−−)m 覗いてくださってありがとうございました! ご意見、ご感想がありましたら、BBSまたはメールにてご連絡ください。 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |