どこもかしこも戦が勃発している時代に、その少年は生を受けた。 家はその当時ならばどこにでもある農村にあり、戦が近くなれば兵として男は駆り出された。 その当時と言えば、戦は家族の食を賄い、僅な蓄えを担うには大変重要な役割を持っていた。 少年、コウキの家も例外ではなかった。 しかし、彼の父は体も弱く、臆病者であったため、駆り出されたとしても大した報酬を受け取ることはできなかった。 そんな中、コウキにとって憧れの対象となったのは幾つか歳が離れた兄だった。 父と違い勇敢で身体の丈夫な兄は父よりも多くの褒美を頂戴しては家族に笑顔をもたらした。 そんな兄は家族にとって誇りだった。 その頃のコウキと言えば、二言目には「兄さんみたいに俺も戦で手柄をたてるんだ!」と叫ぶ元気なお子だった。 また、人を引き付ける才に長けており、いつも村の同年代の子供たちを引き連れていた。 ガキ大将ではあったが、悪さはしない。 村ではコウキの家の息子達はとても評判が良かった。 やがて病弱だった父も畑仕事に専念するようになる頃、次男坊であるコウキはその畑の一部をもらい、独立した。 小さな家を建て、可愛らしい妻をめとり、子も儲けた。 子供を持ってもコウキはコウキだった。 「父ちゃんは次の戦で手柄をたてるからな!楽しみにしてろ!」 「おう!」 そういった会話が毎日のように子供と交わされていた。 しかし、コウキは口だけではなかった。 彼は言葉通り戦の度にかなりの手柄をたてて戻ってきた。 コウキは人一倍身軽な青年だった。 鎧を身に付けていながらも猿のように動き、また頭もよく回った。 やがてそれが殿様の参謀役の目に留まり、戦場では情報収集や密偵として遣えた。 コウキがもたらす情報は正確かつ的確で、殿様はコウキを大層気に入っておいでだった。 戦場においてもかなりの働きぶりを見せ、兄共々兵たちの間で信頼が厚かった。 そんな頃、また近々戦が起こりそうなとき二人は父に呼び出された。 「もうすぐまた戦が始まる。」 父の言葉は珍しく重い雰囲気を醸し出していた。 「お前達ももう何度も戦に出ておる。 手柄に関してはワシの上を行く。 そんなワシに何か教えられることもないだろう。じゃが、これだけは言えるぞ。 何があっても死して帰ってくるな、とな。」 これには当然コウキも兄も驚いた。 勿論、死ぬ事を戦に行く以上、ある程度は覚悟していた兄弟。 でも、多少の傷は負っても今まで五体満足で帰還してきた。 「その顔では自分の死について考えていなかったようだな。 そうだろう。お前達はまだ若い。戦でも大層な手柄をたててきた。 だがのう、死は誰にでもやって来る。 戦に行けばそれを間近に感じることも多々あるだろう。 だからこそ、今こんなことを言うんじゃ。」 そこで父は一つため息をついた。 兄弟は気を引き締めた。 父は兄弟達の目をしっかりととらえてからまた話し出した。 「こんなことを外で言えば、ワシはまた臆病者だと罵られるだろう。 じゃが、それでも死だけは逃れるようにせねばならん。 死した時、一番苦労するのは遺された者なのだからな。 隣の家がいい例えじゃ。」 隣の家は英雄が主だった家だ。 戦場においてかなりの手柄をたて、戦場で死した。 始めこそ、村ではその男を讃える声が多かった。 しかし、やがてその話をするものも数えるほどしかいなくなり、 今では遺された家族が日々の食事をやっとこさ稼ぐ生活を強いられている。 しかし、その生活も長くは続かないだろう。 「お前たちにはもう食わせにゃならん口がある。それをしっかりと心に停めておけ。 どうせ死ぬなら家族が一生食っていけるような手柄を遺していけ。 そうでなけりゃ、そうそう易々と死んではならんぞ!」 父の言葉を胸に乗り出した戦場は何故かいつもと違ってコウキの目に映った。 初めて心から「死んではならない」という義務感を胸に灯した状態での戦闘は、意外にもコウキの視界をより開けさせた。 「死してはならん。どうせ死ぬならば家族が一生困らぬくらいの手柄を、かぁ・・・」 そんなこと、身分もない自分たちに出来るわけがなく、 つまり父はただただ死してはならんということだけをコウキたちに伝えたかったのだということになる。 「まあ、にくったらしいガキどものために頑張るか。」 コウキは笑ってまた戦場に赴いた。 この戦で、コウキは今まで以上に良い働きを見せ、殿様から多くのご褒美を頂戴した。 しかし、運命とはなんと皮肉なことか。 その次に起こった戦で、コウキは還らぬ人となる。 コウキの家族は大いに悲しんだ。 父の話のお陰でより開けた視界は、より多くのことをコウキに伝えることになった。 戦場での戦いの真っ只中、コウキはふと殿様を狙う矢の存在に気付き、咄嗟にその体を以て殿様のお命をお守りしたのだ。 戦はコウキの働きもあって大勝を収めた。 それまで密偵として集めた情報と、何より殿様のお命をお守りしたのが大きかった。 殿様は可愛がっていたコウキが自分のために命を落としたことに大層悲しんだ。 殿様はそこで、多くの褒美をコウキの家に届けた。 コウキは村一番の英雄として知られるようになった。 殿様はそれだけでなく、コウキの子を城に迎え入れ、その子が成長するまで家の生活を支えてやることを約束した。 コウキは、図らずしも父の言葉を守ったのである。 城にあがったコウキの子も殿様とそのお子さまによく遣えた。 コウキとその子の働きぶりを讃え、後に殿様はその一家に、名字を与え、正式な家臣とした。 これが、「」の始まりである。 ふと気がつけば、どこか広い野原の真ん中に立っていた。 何故そのような場所にいるのか、どうやってたどり着いたのか、不思議と記憶がない。 きょろきょろと辺りを見回して、やがて少し離れた場所に何人かの子供の姿を見つけた。 どこか覚束無い足取りでその方向へ足を進めれば、子供たちはこちらに気が付き、走り寄ってきた。 「よう!お前どこから来たんだ?」 自分よりも目線が高い少年が声をかけてくれた。 しかし、折角投げ掛けてもらえた質問にも、旨く答えることができない。 何度か唇を動かしてみて、ようやっと出た言葉は「わからない」というなんとも言えないものだった。 それを聞いた子供たちは特に嫌な顔をせず、にっこりと笑った。 「そうか、お前まだこっちに来たばっかりなんだな!」 どうやら、目の前の子供たちの方が今この現状を理解しているらしい。 「こっち?」 「ああ、お前は現世で死んだんだよ。」 「オレが?死んだ?」 「ああ!」 なんとも実感のわかない言葉だった。 「まだ住むとこ決まってねぇんだろ?オレん家来いよ!父さんと母さんに相談するから!」 少年は大きな手を差し伸べながら言ってくれた。 戸惑いつつもその手を掴めば、ニヤリと笑い、人の気配がもっとたくさんする方に足を進めた。 「お前、名前は覚えてるか?」 「うん・・・」 「そうか。オレはシン。お前は?」 「コウキ。」 「良い名だな!」 自分の名前を誉められ、コウキはなんだか嬉しくなった。 やがて二人は小さな一軒家に辿り着く。 「ここがオレん家だ!」 自慢げにその家をシンは指差して言った。 「もしお前がここに住んでいいって母さんたちが言ったら、お前の家にもなるんだぞ!」 「そうなの?」 「ああ!母さんたちのことだから多分そうなると思うぜ!そしたらお前、オレの弟になるんだな!」 嬉しそうに笑いながら、兄となる少年を、コウキは見上げた。 なにか暖かいものが胸の中に込み上げてきた気がした。 コウキはこの家に迎えられ、家族となった。 しばらくして、コウキが霊力を持っていることが発覚し、後に成長してから霊術院に通うことになる。 これは、菅羅弥光樹という死神が、現世でという名の少女に出会う、ほんの数百年前のお話し。 |
<コメンツ> 勿忘草旋律 番外編 覗いてくださってありがとうございます。 勿忘草旋律を書き始めたころから暖めていたお話です。 いつもと一味違うものを目指してみました。 ご意見、ご感想などがあれば、メールまたは掲示板に書き込んでくださるとうれしいです。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 |
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